zuknow learn together

新しい教材を作成

【平安時代】

カード 164枚 作成者: (作成日: 2015/03/22)

  • 桓武天皇は、父( )天皇の施政方針を受け継いだ。

解説面  クリックしてカードを裏返す

アプリをダウンロードして、このコンテンツを学習しよう! AppStore / Google Play

教材の説明:

日本史は知識量が大事。センター、国公立二次にはこのシリーズだけで完璧。 やりきれば必ず合格の助けとなる。   日本史を得意科目としたい受験生のために作りました。

公開範囲:

公開

カテゴリ:

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

    桓武天皇は、父( )天皇の施政方針を受け継いだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 光仁

    解説

  • 2

    桓武天皇が行わせた徳政総論で、( )にあたる「軍事」と、( )にあたる「造作」が中止された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蝦夷征討、平安京造営

    解説

  • 3

    蝦夷平定は、( )天皇のとき、811年の( )の派遣を最後に終了した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 嵯峨、文室綿麻呂(ふんやのわたまろ)

    解説

  • 4

    格や式の編纂事業は、( )・( )・( )の3度にわたって行われた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 弘仁・貞観・延喜

    解説

  • 5

    810年に藤原( )とその兄藤原( )が起こした政変を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 薬子、仲成、薬子の変

    解説

  • 6

    ( )は皇室財政収入のため開墾された土地である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 勅旨田

    解説

  • 7

    桓武天皇の時、( )・( )と呼ばれる令外官が設置された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 勘解由使、征夷大将軍

    解説

  • 8

    律令を補足修正した追加法を( )、基本法の施行細則を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 格、式

    解説

  • 9

    785年、造長岡宮使である( )が暗殺され、皇太弟( )が廃位された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原種継、早良親王

    解説

  • 10

    792年には、東北・九州をのぞいて( )を廃止し、郡司の子弟による( )の制が創設された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 軍団、健児

    解説

  • 11

    薬子の変の際、天皇側の機密保持のために( )という役所が設けられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蔵人所

    解説

  • 12

    健児には( )の子弟を採用した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 郡司

    解説

  • 13

    784年( )天皇は( )京に遷都した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 桓武、長岡

    解説

  • 14

    嵯峨天皇の時、( )・( )と呼ばれる令外官が設置された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 検非違使、蔵人頭

    解説

  • 15

    桓武天皇の時、蝦夷平定のため征夷大将軍に任じられた人物は誰か。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 坂上田村麻呂

    解説

  • 16

    桓武天皇は( )という令外官を設置して、国司の交代を厳しくとりしまった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 勘解由使

    解説

  • 17

    桓武天皇の後、子の( )天皇が即位した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平城(へいぜい)

    解説

  • 18

    820年に成立した弘仁格式は、( )らの編で、当時の天皇は( )天皇である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原冬嗣、嵯峨

    解説

  • 19

    嵯峨天皇の時、( )が設置され、都の治安・警察を担当した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 検非違使

    解説

  • 20

    長岡京は( )国にある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 山背

    解説

  • 21

    ( )は、平城上皇の重祚を図って失敗した事件である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 薬子の変

    解説

  • 22

    794年、( )の建議により( )京への遷都が行われた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 和気清麻呂、平安

    解説

  • 23

    平安京遷都により( )国は山城国に改められた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 山背

    解説

  • 24

    802年、坂上田村麻呂は北上川の中流域に( )を築いて( )を任命された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 胆沢城、鎮守府

    解説

  • 25

    養老令の公撰注釈書は『( )』、私撰注釈書は『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 令義解、令集解

    解説

  • 26

    国司が在任中に不正がなかったことを示す証明書を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 解由状

    解説

  • 27

    794年、平安京遷都をした天皇は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 桓武天皇

    解説

  • 28

    794年京都に造られた都は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平安京

    解説

  • 29

    9世紀前半の文化を( )・( )文化という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 弘仁・貞観

    解説

  • 30

    最澄は、( )経に基づく( )宗を開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 法華、天台

    解説

  • 31

    山中での修行を重んじる密教と山岳信仰が結びつき、後世の( )の基盤が気づかれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 修験道

    解説

  • 32

    天台宗は( )が開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 最澄

    解説

  • 33

    最初の勅撰漢詩文集は『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 凌雲集

    解説

  • 34

    空海は帰国後、高野山の( )と京都の( )との両寺で布教した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 金剛峰寺、東寺(教王護国寺)

    解説

  • 35

    8世紀には神社の境内に神宮寺を建て、神前で読経する( )の風潮が発達した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 神仏習合

    解説

  • 36

    ( )は密教の中心仏である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大日如来

    解説

  • 37

    『入唐求法巡礼行記』という著書を書いた人物は誰か。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 円仁

    解説

  • 38

    ( )<国名>で最澄・空海は密教を学んだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    解説

  • 39

    2番目の勅撰漢詩文集は『( )』、3番目の勅撰漢詩文集は『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 文華秀麗集、経国集

    解説

  • 40

    密教による仏教の世界観を独特な構図で説いたものは何か。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 曼荼羅(まんだら)

    解説

  • 41

    平安時代、有力な貴族は一族の子弟の教育のために( )を建てた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大学別曹

    解説

  • 42

    天台宗にも取り入れられた密教を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 台密

    解説

  • 43

    三筆は( )・( )・( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 空海・橘逸勢・嵯峨天皇

    解説

  • 44

    真言宗は( )といった秘密の呪法を通した救いを強調する密教を基盤としていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 加持祈祷

    解説

  • 45

    空海が最澄に送った3通の書状を1巻にしたものを『( )』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 風信帖

    解説

  • 46

    真言宗は( )が開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 空海

    解説

  • 47

    藤原冬嗣の子は、( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原良房

    解説

  • 48

    969年の( )で源高明が左遷されるにおよび、藤原氏の地位は確立した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 安和の変

    解説

  • 49

    左大臣の( )が大宰府に左遷され、摂政・関白が常置されるようになった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源高明

    解説

  • 50

    ( )は842年に伴健岑や橘逸勢が失脚した事件のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 承和の変

    解説

  • 51

    ( )天皇が887年に即位すると、藤原基経は名実ともに関白となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 宇多

    解説

  • 52

    菅原道真を左遷したのは、藤原基経の長子の( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原時平

    解説

  • 53

    宇多天皇は、( )を蔵人頭に任じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菅原道真

    解説

  • 54

    914年、醍醐天皇に「意見封事十二箇条」を提出したのは誰か。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 三善清行

    解説

  • 55

    藤原良房の養子の( )は臣下で初めて関白の地位についた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原基経

    解説

  • 56

    ( )は、大納言伴善男が左大臣源信を失脚させようとした事件である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 応天門の変

    解説

  • 57

    宇多天皇の譲位後、子の( )天皇が即位した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 醍醐

    解説

  • 58

    醍醐天皇は( )を右大臣に、( )を左大臣に置いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菅原道真、藤原時平

    解説

  • 59

    902年、( )の荘園整理令が出され、最後の班田が行われた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 延喜

    解説

  • 60

    ( )は本朝(皇朝)十二銭の最後の貨幣である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 乾元大宝

    解説

  • 61

    藤原基経は、( )事件で橘広相を失脚させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 阿衡

    解説

  • 62

    藤原伊周とその弟( )が失脚することによって、道長の勢力は固まった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原隆家

    解説

  • 63

    926年に、中国東北部の( )<国名>が滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 渤海

    解説

  • 64

    1017年、藤原道長は( )になった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 太政大臣

    解説

  • 65

    ( )の進言によって遣唐使は廃止された。これは( )天皇のときである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菅原道真、宇多

    解説

  • 66

    太宰権帥の( )は、刀伊の入寇を撃退した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原隆家

    解説

  • 67

    藤原道長の娘( )には紫式部が、藤原道隆の娘( )には清少納言が仕えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 彰子、定子

    解説

  • 68

    10世紀前半、朝鮮半島では( )が滅び、( )が建国された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 新羅、高麗

    解説

  • 69

    藤原道長の子は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原頼通

    解説

  • 70

    ( )は別名宇治殿と呼ばれていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原頼通

    解説

  • 71

    遣唐使の廃止は、西暦でいうと( )年に当たる寛平6年のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 894、寛平

    解説

  • 72

    838年の最後の遣唐使に従って唐にわたった円仁の見聞録を『( )』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 入唐求法巡礼行記

    解説

  • 73

    1019年に、( )族が博多湾に侵入した出来事を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 女真、刀伊の入寇

    解説

  • 74

    道長は別名( )と呼ばれ、彼の日記を『 』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 御堂関白、御堂関白記

    解説

  • 75

    唐が滅びたのは( )年である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 907

    解説

  • 76

    三蹟とは、( )・( )・( )のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 小野道風・藤原佐理・藤原行成

    解説

  • 77

    『更級日記』の作者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菅原孝標の女

    解説

  • 78

    大和絵の代表的画家に、百済河成や( )がいる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 巨勢金岡

    解説

  • 79

    この頃、( )に代わって、日本の風物を題材とした( )が描かれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 唐絵、大和絵

    解説

  • 80

    ( )は、『源氏物語』の作者である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 紫式部

    解説

  • 81

    日本初の仮名書き日記は、( )著の『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 紀貫之、土佐日記

    解説

  • 82

    当時の貴族の邸宅は、( )といわれる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寝殿造

    解説

  • 83

    日本最初の勅撰和歌集を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 古今和歌集

    解説

  • 84

    『土佐日記』の作者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 紀貫之

    解説

  • 85

    当時、忌むべき方角をさけるために、前夜に吉方の家に一泊する( )が行われていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 方違

    解説

  • 86

    六国史の最後は10世紀初頭に藤原時平らによって編纂された『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 日本三代実録

    解説

  • 87

    菅原道真が編纂した『( )』は、六国史にある事件・事例が部門別に編纂されている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 類聚国史

    解説

  • 88

    『( )』は、在原業平をモデルとして作られた歌物語である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 伊勢物語

    解説

  • 89

    ( )は、『枕草子』の作者である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 清少納言

    解説

  • 90

    一定期間、特定の建物の中で謹慎することを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 物忌

    解説

  • 91

    『古今和歌集』は、905年に( )天皇の命で編纂された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 醍醐

    解説

  • 92

    摂関政治期に、来世において往生極楽を願う( )が流行した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 浄土教

    解説

  • 93

    『日本往生極楽記』の著者は( )、『拾遺往生伝』の作者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 慶滋保胤、三善為康

    解説

  • 94

    浄土教は( )仏の西方極楽浄土の信仰が厚かった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 阿弥陀

    解説

  • 95

    藤原道長は、1020年( )寺を建立し、阿弥陀堂である無量寿院を置いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 法成

    解説

  • 96

    極楽住生を願い、「南無阿弥陀仏」を口に唱えることを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 念仏

    解説

  • 97

    『( )』の作者は定朝である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平等院鳳凰堂阿弥陀如来像

    解説

  • 98

    ( )は、浄土往生を遂げた人々の伝記を集めたものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 往生伝

    解説

  • 99

    平安時代の社会不安は、飢饉や戦乱に加え、( )という仏教思想によっても助長された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 末法思想

    解説

  • 100

    ( )は市聖と呼ばれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 空也

    解説

  • 101

    10世紀後半頃には仏像制作の面でも革新が見られ、( )と呼ばれる新しい技法が登場した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寄木造

    解説

  • 102

    『( )』は、985年に源信が著した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 往生要集

    解説

  • 103

    仏が仮に形を変えてこの世に現れたのが神であるとする説のことを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本地垂迹

    解説

  • 104

    往生する人を迎えるために仏が来臨する場面を描いたものを一般に( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 来迎図

    解説

  • 105

    10世紀になると、有力な農民に田地を請け負わせて耕作する制度ができた。この田地を( )と呼ぶ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 名田(名)

    解説

  • 106

    11世紀には、中央官庁である( )や( )省から公式に不輸を認められた荘園が成立した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 太政官、民部

    解説

  • 107

    開発領主は、国司の圧迫から逃れるため、中央の権門勢家を( )と仰ぎ、所領を寄進した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 領家

    解説

  • 108

    田堵は12世紀頃、次第に土地に対する権利を強めて( )と呼ばれるようになる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 名主

    解説

  • 109

    ( )は、私財によって朝廷や社寺の造営を請け負って官職に命名されることである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 成功(じょうごう)

    解説

  • 110

    11~12世紀に急増した荘園を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寄進地系荘園

    解説

  • 111

    ( )は、国衙の事務を行う地方役人のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 在庁官人

    解説

  • 112

    ( )は、大規模な経営を行う田堵をという。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大名田堵

    解説

  • 113

    領家の荘園がさらに上級の有力者に寄進されたとき、その領主を( )とよぶ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本家

    解説

  • 114

    太政官や民部省から公式に不輸を認められた荘園を( )とよぶ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 官省府荘

    解説

  • 115

    国司が事務をとった役所を( )といい、またその場所を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 国衙、国府

    解説

  • 116

    10世紀に入ると、地方の豪族や富裕な農民を墾田を開き、自ら( )となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 開発領主

    解説

  • 117

    ( )は、名田を請け負った経営者のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田堵

    解説

  • 118

    平安時代、任国に赴任した国司で地位の最も上のものを( )とよぶ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 受領

    解説

  • 119

    05-⑧

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 地方政治の混乱と武士の台頭

    解説

  • 120

    10世紀頃に、宮中を軽微するための武士として、( )が置かれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 滝口の武士

    解説

  • 121

    源義家が、清原氏の内紛に介入し、( )<人名>を助けて清原氏一族を滅ぼした争乱のことを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原清衡、後三年合戦(後三年の役)

    解説

  • 122

    藤原純友の乱は、( )・( )らによって討たれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源経基・小野好古

    解説

  • 123

    ( )は、陸奥の俘囚の長であた安部頼時・貞任父子が起こした戦乱である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 前九年合戦(前九年の役)

    解説

  • 124

    自らを新皇と称したのは( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平将門

    解説

  • 125

    11世紀前半、( )は房総半島でおこった( )の乱を鎮定し、源氏の東国進出の基盤を作った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源頼信、平忠常

    解説

  • 126

    ( )天皇の孫( )は、清和源氏の租となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 清和、源経基

    解説

  • 127

    平将門の乱と同時期に、西国で反乱をおこしたのは( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原純友

    解説

  • 128

    平将門の乱は、( )と、下野押領使( )が鎮圧した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平貞盛、藤原秀郷

    解説

  • 129

    10世紀前半に、桓武天皇の子孫である( )が反乱を起こした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平将門

    解説

  • 130

    ( )・( )の父子は、前九年合戦を平定した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源頼義・源義家

    解説

  • 131

    源義経の幼少期の名前は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 牛若丸

    解説

  • 132

    1083年~87年に渡る、奥羽の豪族清原氏が起こした戦乱を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後三年の役

    解説

  • 133

    藤原頼通の娘女に皇子が生まれなかったため、藤原氏を外戚としない( )が即位した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後三条天皇

    解説

  • 134

    ( )天皇は、1086年に堀河天皇に譲位したあとも上皇として政務をとった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 白河

    解説

  • 135

    後三条天皇は藤原教通を関白にしたが、実質的には( )らを官吏に登用した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大江匡房

    解説

  • 136

    白河天皇の( )は、六勝寺の一つである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 法勝寺

    解説

  • 137

    ( )は白河上皇のときに院の御所を警備するために設置された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北面の武士

    解説

  • 138

    延久の荘園整理令では、( )が荘園整理の実務を行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 記録荘園券契所

    解説

  • 139

    北嶺とは( )をさす。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 延暦寺

    解説

  • 140

    ( )とは院が知行権を持つ国のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 院分国

    解説

  • 141

    ( )年の( )の荘園整理令は、後三条天皇の時に出された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 1069、延久

    解説

  • 142

    国の支配権を特定の人に与え、そのくいからの収益を得させる制度を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 知行国

    解説

  • 143

    延久の荘園整理令以前は、荘園整理の実務は( )が任されていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 国司

    解説

  • 144

    南都とは( )をさす。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 興福寺

    解説

  • 145

    ( )法皇が死去すると、藤原氏の氏長者( )は、崇徳上皇と結んで兵を集めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鳥羽、藤原頼長

    解説

  • 146

    ( )は、日宋貿易における日本の主な輸出品である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 硫黄

    解説

  • 147

    1179年、平清盛は後白河法皇を( )殿に幽閉した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鳥羽

    解説

  • 148

    平氏政権は積極的に( )<国名>との貿易を行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    解説

  • 149

    平清盛は、別名( )殿とよばれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 六波羅

    解説

  • 150

    平清盛は、兵庫県の( )を修築し、宋の商船を招き入れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大輪田泊(おおわだのとまり)

    解説

  • 151

    1156年の保元の乱では、( )上皇と対立した( )天皇が勝利した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 崇徳、後白河

    解説

  • 152

    後白河天皇は、平( )や源( )らを動員して保元の乱で上皇側を破った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 清盛、義朝

    解説

  • 153

    平清盛は、1167年、武士として始めて( )に就任した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 太政大臣

    解説

  • 154

    ( )とは、1177年の平氏打倒計画が発覚した事件のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鹿ケ谷の陰謀

    解説

  • 155

    摂関家の繁栄ぶりを讃えた歴史書を『( )』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 栄花(華)物語

    解説

  • 156

    ( )は、平泉中尊寺金色堂を建てた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原清衡

    解説

  • 157

    『( )』は、平清盛が一門の繁栄を祈って発願し、一門が経典を書写したものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平家納経

    解説

  • 158

    鳥羽僧正筆といわれている動物を擬人化し世相を父子した絵巻物をなんというか。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鳥獣戯画

    解説

  • 159

    応天門の変を題材にした絵巻物は『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 伴大納言絵巻

    解説

  • 160

    ( )は、『梁塵秘抄』に多く見られる、平安時代後期に流行した新興歌謡である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 今様

    解説

  • 161

    『平家納経』は、安芸国の( )に奉納されている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 厳島神社

    解説

  • 162

    藤原氏の栄華の様を批判的な立場から叙述した歴史書を『( )』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大鏡

    解説

  • 163

    田植えの時に豊作を祈る踊りからおこり、平安中期以降芸能化したものが、( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田楽

    解説

  • 164

    後白河法皇は、庶民の衰歓のにじんだ歌謡に関心をもち、『( )』を編集した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 梁塵秘抄

    解説

56653

セットの学習コンテンツ

公開初月で
60,000
ダウン
ロード!

無料アプリはこちら!

英単語をウェブサイト
からzuknowに簡単登録

覚えたい単語を選択するだけ!
簡単にzuknowに登録することが
できます

Get the free Chrome Extension

トップ