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日本史一問一答⑥【鎌倉時代】

カード 119枚 作成者: KEN (作成日: 2014/08/28)

  • 06-①

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教材の説明:

日本史は知識量が大事。センター、国公立二次にはこのシリーズだけで完璧。 やりきれば必ず合格の助けとなる。   日本史を得意科目としたい受験生のために作りました。

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  • 1

    06-①

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源平の争乱と鎌倉幕府の成立

    解説

  • 2

    1180年、( )は後白河法皇の皇子( )を奉じて平氏打倒の兵を挙げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源頼政、以仁王(もちひとおう)

    解説

  • 3

    公文所はその後に( )と改称した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 政所

    解説

  • 4

    戦功によって御家人に新所領を与えることを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 新恩給与

    解説

  • 5

    守護の権限は( )とよばれ、大番催促・謀反人・殺害人の逮捕を内容とする。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大犯三カ条

    解説

  • 6

    ( )年に、源頼朝は御家人を統制する機関として( )を置いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 1180、侍所

    解説

  • 7

    1185年、源頼朝は地頭に反別( )升の( )を徴収する権利を与えたが翌年廃止された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 5、兵粮米

    解説

  • 8

    1184年、財政を扱う( )、裁判事務を担当する( )が設置された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 公文所、問注所

    解説

  • 9

    わが国の( )制度は、所領を媒介とした( )と( )の関係を基盤としていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 封建、御恩、奉公

    解説

  • 10

    1185年に長門国(現在の山口県)で行われた( )で、平氏は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 壇ノ浦の戦い

    解説

  • 11

    侍所の長官である( )に最初に任命されたのは、御家人の( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 別当、和田義盛

    解説

  • 12

    鎌倉幕府の財政基盤の1つである( )は、平家没官領が主であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 関東御領

    解説

  • 13

    06-②

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 執権政治の確立

    解説

  • 14

    1199年源頼朝の死後、( )が2代将軍となり、十三人の合議制が始まった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源頼家

    解説

  • 15

    源実朝の死後、( )上皇は倒幕計画を進め、執権( )追討の院宣を出した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後鳥羽、北条義時

    解説

  • 16

    1203年源実朝が将軍につくと、( )は( )別当(=執権)に就任した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条時政、政所

    解説

  • 17

    北条泰時は1225年、有力御家人からなる( )を設けて、政治や裁判の運営にあたった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 評定衆

    解説

  • 18

    北条泰時は1225年に執権を補佐する( )を設け、( )をこれに任じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 連署、北条時房

    解説

  • 19

    後鳥羽上皇は承久の乱に備えて( )を新設した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 西面の武士

    解説

  • 20

    1213年、北条義時は、( )を倒し、彼に代わって( )別当となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 和田義盛、侍所

    解説

  • 21

    承久の乱後、幕府が朝廷漢詩などのために京都に設けた機関は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 六波羅探題

    解説

  • 22

    新補地頭の得分は、( )によると、1反につき5升の( )の徴収権とある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 新補率法、加徴米

    解説

  • 23

    1223年に、今まで御家人が派遣されていなかった地域を中心に( )地頭が置かれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 新補(しんぽ)

    解説

  • 24

    5代執権北条( )は、北条泰時の孫である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 時頼

    解説

  • 25

    執権の( )は、( )年に御成敗式目の制定を命じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条泰時、1232

    解説

  • 26

    承久の乱後、( )上皇は隠岐に、( )上皇を土佐に、( )上皇を佐渡に配流した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後鳥羽、土御門、順徳

    解説

  • 27

    北条頼時は1247年に、有力御家人( )を滅亡させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 三浦泰村

    解説

  • 28

    源実朝の死後、摂関家の( )が将軍として迎えられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 九条頼経

    解説

  • 29

    3代執権北条( )は、北条義時の子である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 泰時

    解説

  • 30

    執権( )は1249年、評定衆を補佐する( )を設置した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条時頼、引付衆

    解説

  • 31

    将軍( )は、1219年に暗殺され、源氏は断絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源実朝

    解説

  • 32

    北条時政の引退後、( )が政所別当となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条義時

    解説

  • 33

    比企能員の乱を契機に、1203年、( )が将軍となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 源実朝

    解説

  • 34

    ( )は、武家社会における最初の成文法である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 御成敗式目(貞永式目)

    解説

  • 35

    06-③

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元寇と鎌倉幕府の衰退

    解説

  • 36

    鎌倉幕府の8代執権は、( )の子の( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条時頼、北条時宗

    解説

  • 37

    ( )は、得宗の家臣のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 御内人

    解説

  • 38

    蒙古襲来をきっかけに北条氏の嫡流である( )の勢力が強大となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 得宗

    解説

  • 39

    幕府は御家救済のために、所領の売買、質入れの禁止を定めた、( )を発布することになった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 永仁の徳政令

    解説

  • 40

    1293年には、西国防備と九州当地の強化を目的に( )が博多に設置された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鎮西探題

    解説

  • 41

    北条時宗は( )を設け、空襲地方の御家人に蒙古の襲来を備えさせた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 異国警固番役

    解説

  • 42

    1274年の1度目の元の来週を( )、1281年の2度目の元の来襲を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 文永の役、弘安の役

    解説

  • 43

    1271年元を建国した( )は、都を現在の北京にあたる大都に移した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フビライ

    解説

  • 44

    内管領平頼綱が有力御家人( )を滅ぼした意見を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 安達泰盛、霜月騒動

    解説

  • 45

    北条時宗の子の( )が9代執権になると、幕府の実権は彼1人に握られた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条貞時

    解説

  • 46

    永仁の徳政令は1297年、執権( )のときに出された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条貞時

    解説

  • 47

    ( )は、元寇のときの執権である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条時宗

    解説

  • 48

    ( )は、御内人の代表のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 内管領(うちかんれい)

    解説

  • 49

    06-④

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 武士の生活と鎌倉時代の経済

    解説

  • 50

    鎌倉時代、館には( )という建築様式が用いられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 武家造

    解説

  • 51

    各地の港湾には年貢の輸送と保管を業とする( )が現れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 問丸

    解説

  • 52

    鎌倉時代には、染料の原料である( )が栽培された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    解説

  • 53

    鎌倉時代には、灯油の原料となる( )などが栽培された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 荏胡麻

    解説

  • 54

    地頭の荘園侵略に対する解決策として、土地を分割する( )という方法があった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 下地中分

    解説

  • 55

    地頭の荘園侵略に対して、荘園領主は( )の契約を結び、年貢収入のみ確保しようとした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 地頭請

    解説

  • 56

    当時の肥料は、刈った植物を焼いて作る( )や、生育中の植物を田畑にすき込む( )が使用された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 草木灰、刈敷

    解説

  • 57

    宗家の長を中心として武士団が形成された体制のことを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 惣領制

    解説

  • 58

    鎌倉時代には、紙の原料となる( )が栽培された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    解説

  • 59

    畿内や西日本の一帯では( )を裏作とする二毛作が行われた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    解説

  • 60

    名主・僧侶・庶民などの中から現れた高利貸業者のことを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 借上

    解説

  • 61

    06-⑤

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鎌倉文化(1)~宗教~

    解説

  • 62

    専修念仏を主張したのは、( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 法然

    解説

  • 63

    ( )宗は法然が開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 浄土

    解説

  • 64

    ( )は法然の弟子で、( )宗の開祖である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 親鸞、浄土真

    解説

  • 65

    臨済宗の開祖は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 栄西

    解説

  • 66

    「煩悩の深い人間こそが阿弥陀仏の救済の対象である」という考えを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 悪人正機説

    解説

  • 67

    叡尊の弟子の( )は、鎌倉の極楽寺を拠点に社会事業に奔走した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 忍性(良観)

    解説

  • 68

    鎌倉時代の初めには、法相宗の( )や華厳宗の( )が現れ、南都仏教の復興に努めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 貞慶(解脱)、明恵(高弁)

    解説

  • 69

    曹洞宗の開祖は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 道元

    解説

  • 70

    伊勢の下宮の神官( )は『( )』を著し、伊勢神道の発展に貢献した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 度会家行、類聚神祇本源

    解説

  • 71

    悪人正機説は、親鸞の弟子の( )の作と言われる『( )』に記されている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 唯円、歎異抄

    解説

  • 72

    ( )は鎌倉時代の律宗僧で、西大寺中興の祖といわれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 叡尊(思円)

    解説

  • 73

    栄西は( )宗を開き、『( )』を著して禅宗の本質を説いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 臨済、興禅護国論

    解説

  • 74

    高弁は法然の教義を批判する内容を含んだ『( )』を著した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 摧邪輪(ざいじゃりん)

    解説

  • 75

    ( )は、法華宗(日蓮宗)の開祖である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 日蓮

    解説

  • 76

    北条時頼の帰依をうけた( )は、鎌倉に( )を開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蘭渓道隆、建長寺

    解説

  • 77

    時宗の開祖は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 一遍

    解説

  • 78

    北条時宗の帰依をうけた( )は、鎌倉に( )を開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 無学祖元、円覚寺

    解説

  • 79

    初め天台宗で学んだ日蓮は、( )を唱えることによって救われると説いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 題目

    解説

  • 80

    浄土真宗は、京都に( )寺を開き、宗派の中心とした。。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本願

    解説

  • 81

    道元の開いた( )は、( )によって悟りを開く自力修行の宗教である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 曹洞宗、只管打坐

    解説

  • 82

    06-⑥

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鎌倉文化(2)~美術~

    解説

  • 83

    1180年、東大寺・( )寺など奈良の諸大寺は、( )<人名>が焼失させた。これを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 興福、平重衡、南都焼き打ち

    解説

  • 84

    ( )は重源が東大寺再建のときに用いた建築様式である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大仏様(天竺様)

    解説

  • 85

    天竺様の建築様式の代表的遺構としてあげられるのは、( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 東大寺南大門

    解説

  • 86

    東大寺の再建を源頼朝が進めたとき、( )が造東大寺大勧進職に任命された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 重源(俊乗坊)

    解説

  • 87

    修行僧が一人前になった証明として師僧から与えられる師僧の肖像画を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 頂相(ちんぞう)

    解説

  • 88

    『源頼朝像』の作者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原隆信

    解説

  • 89

    ( )は宋から渡来した工人で、東大寺大仏の首を修復した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 陳和卿

    解説

  • 90

    鎌倉時代の代表的な仏師は、奈良仏師の一門を率いた( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 運慶

    解説

  • 91

    菅原道真の生涯を描いた絵巻物は、藤原信実の筆といわれる『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北野天神縁起絵巻

    解説

  • 92

    鎌倉時代の絵画では、写実的な( )と呼ばれる肖像画が流行した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 似絵

    解説

  • 93

    東大寺南大門の( )像は鎌倉時代の代表的彫刻で、( )・( )などの合作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 金剛力士、運慶・快慶

    解説

  • 94

    06-⑦

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鎌倉文化(3)~学問・文学~

    解説

  • 95

    朝廷の儀式・先例を研究することを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 有職故実(ゆうそくこじつ)

    解説

  • 96

    ( )は、『方丈記』の作者である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鴨長明

    解説

  • 97

    琵琶法師によって語られた戦記物語は『( )』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平家物語

    解説

  • 98

    『( )』は、鎌倉幕府の記録を日記体で表したものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 吾妻鏡

    解説

  • 99

    和歌の興隆につとめた( )上皇は、藤原定家らに命じて『( )』を撰ばせた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後鳥羽、新古今和歌集

    解説

  • 100

    吉田兼好は、鎌倉時代末期に『( )』という随筆を残した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 徒然草

    解説

  • 101

    慈円の『( )』は、公家の陥落と武家政権の出現にいたる歴史を、( )という理念でとらえた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 愚管抄、道理

    解説

  • 102

    源実朝は『万葉集』の調べなどを学び、歌集『( )』を残した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 金塊和歌集

    解説

  • 103

    ( )国にある私立図書館を( )といい、北条実時が建てたものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 武蔵、金沢文庫

    解説

  • 104

    官文体のわが国最初の日本仏教史である『( )』は( )の著である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元亨釈書(げんこうしゃくしょ)、虎関師錬(こかんしれん)

    解説

  • 105

    ( )は『愚管抄』の作者である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 慈円

    解説

  • 106

    06-⑧

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鎌倉幕府の滅亡

    解説

  • 107

    鎌倉中期以降、亀山天皇のに始まる( )統と、後深草上皇に始まる( )統に対立していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大覚寺、持明院

    解説

  • 108

    後醍醐天皇の倒幕計画で、1324年のものを( )、1331年のものを( )とよんだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 正中の変、元弘の変

    解説

  • 109

    1318年に皇位についた( )天皇は、父である後宇多上皇の院政を停止し天皇親政を行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後醍醐

    解説

  • 110

    後醍醐天皇は( )の結果、( )に流された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元弘の変、隠岐

    解説

  • 111

    鎌倉幕府滅亡の際、鎌倉を攻めて北条氏を滅ぼした武将は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 新田義貞

    解説

  • 112

    建武政権が設置した所領に関する訴訟機関を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 雑訴決断所

    解説

  • 113

    後醍醐天皇による新政は、1334年に改元された年号をつけて( )と呼ばれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 建武の新政

    解説

  • 114

    ( )は、建武政権の実態や当時の混乱した世相を、ユーモアに変えて批判した文章として有名である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 二条河原落書

    解説

  • 115

    建武の新政の目標とした、摂政・関白を置かない政治体制を( )と呼ぶ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 天皇親政

    解説

  • 116

    この頃鎌倉幕府では、得宗( )のもとで、内管領( )が専権をふるっていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北条高時、長崎高資(たかすけ)

    解説

  • 117

    ( )上皇の皇子の対立を契機に、両統は対立した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後嵯峨

    解説

  • 118

    建武政権では、諸国に( )・( )を併置した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 国司・守護

    解説

  • 119

    鎌倉幕府滅亡の際、幕府に背いて六波羅探題を攻め落とした武将は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 足利高氏

    解説

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