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【通訳案内士試験】 日本史対策Vol.1 来日外国人・外交

カード 57枚 作成者: petitelettre (作成日: 2014/07/30)

  • 607年、遣隋使として隋に派遣され、翌年帰国。隋の煬帝が激怒したと言われている、聖徳太子の「日出処天子」の国書を届けた。

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教材の説明:

通訳案内士試験の「歴史」試験で頻出の来日外国人の問題の対策用です。

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  • 1

    607年、遣隋使として隋に派遣され、翌年帰国。隋の煬帝が激怒したと言われている、聖徳太子の「日出処天子」の国書を届けた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 小野妹子 おののいもこ

    解説

  • 2

    717年、阿倍仲麻呂、玄昉らと共に唐に派遣された。唐で経書・史書・天文学・音楽・兵学などを勉強して、翌年帰国。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 吉備真備 きびのまきび

    解説

  • 3

    717年、吉備真備、玄昉らと共に唐に派遣された。朝衡と名乗って唐の朝廷に仕えた。日本への帰国はかなわなかった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 阿倍仲麻呂 あべのなかまろ

    解説

  • 4

    5度の渡航に失敗し失明したにもかかわらず、753年6度目の渡航で来日。唐招提寺を建設し、戒律を広めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鑑真 がんじん

    解説

  • 5

    894年、遣唐使に任命されたが、建議により遣唐使を停止させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菅原道真 すがわらのみちざね

    解説

  • 6

    スペイン人宣教師。1549年鹿児島に来航。日本で初めてキリスト教を布教した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フランシスコ・ザビエル

    解説

  • 7

    ポルトガルの宣教師。1556年大分に来航。著述の『耶蘇会士日本通信』によって、堺は「東洋のベニス」としてヨーロッパに認識されるようになった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ガスパル・ヴィレラ

    解説

  • 8

    ポルトガルの宣教師。1563年長崎に来航。織田信長・豊臣秀吉と会見。戦国時代研究の資料『日本史』を著述。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ルイス・フロイス

    解説

  • 9

    イタリアの宣教師。1570年に来航し、フロイスを助けて畿内で布教。信長の信任を得て、京都に南蛮寺、安土にセミナリオを建設。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • オルガンティノ

    解説

  • 10

    イタリア人宣教師。1579年長崎に来航。日本の国情に適した布教活動を展開。イエズス会東インド管区の巡察師として活躍し、天正遣欧少年使節派遣を計画・実施

    補足(例文と訳など)

    答え

    • アレッサンドロ・ヴァリニャーニ

    解説

  • 11

    スペイン人宣教師。1593年に来航し、佐賀県で秀吉と会見。サン=フェリペ号事件により捕らえられ長崎へ移送され磔(はりつけ)となった。日本二十六聖人のひとり。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ペドロ・ヴァウチスタ

    解説

  • 12

    ポルトガルの宣教師。1594年平戸に来航。徳川家康の許可を得て、江戸に教会設立。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ジェロニモ・デ・ジェズス

    解説

  • 13

    1596年に土佐(高知県)に漂着したスペイン船。豊臣秀吉によるキリスト教徒への直接的迫害(日本二十六聖人殉教)のきっかけとなった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • サン=フェリペ号

    解説

  • 14

    イギリス人航海士。1600年に搭乗していたリーフデ号が豊後(大分県)に漂着した。徳川家康に外交顧問として仕えた。日本名は三浦 按針(みうら あんじん)。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ウィリアム・アダムズ

    解説

  • 15

    スペイン人宣教師。1603年に来日。徳川家康・伊達政宗の知遇を得て布教。遣欧使節支倉常長(はせくらつねなが)に同行。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ルイス・ソテロ

    解説

  • 16

    ドイツ人医師。1690年に出島(長崎県)のオランダ館付きの医師として来日。ヨーロッパにおいて日本を初めて体系的に記述した『日本誌』の原著者。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ケンペル

    解説

  • 17

    イタリア人宣教師。1708年に屋久島に上陸。江戸にて新井白石が尋問し、そこで得た知識を元に白石は『西洋紀聞』を著した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • シドッチ

    解説

  • 18

    ロシア使節。1792年根室に来航。大黒屋光太夫の送還を名目に通商を要求。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ラクスマン

    解説

  • 19

    ロシア使節。1804年長崎に来航。通商を要求するが幕府は拒絶。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • レザノフ

    解説

  • 20

    1808年にオランダ船拿捕を目的として長崎に来航し、侵入事件を起こしたイギリス軍艦。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フェートン号

    解説

  • 21

    ロシア帝国の軍人。1811年、軍により千島列島の測量を命じられ、ディアナ号で択捉島・国後島を訪れるが役人に捕縛され、箱館で幽閉される。1813年に高田屋嘉兵衛らと引き換えに解放。日本での幽閉生活を『日本幽囚記』という本にまとめた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ヴァーシリー・ゴローニン

    解説

  • 22

    ドイツ人医師。1823年長崎に来航。長崎郊外に鳴滝塾を開く。1828年帰国に際し、国外持出禁止の地図を所持していたことが発覚し、国外追放となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • シーボルト

    解説

  • 23

    1837年、日本人漂流民を乗せて浦賀沖に来航したアメリカ合衆国の商船。異国船打払令に基づき幕府によって砲撃された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • モリソン号

    解説

  • 24

    米東インド艦隊司令長官。1846年浦賀に来航。通商を要求するが幕府は拒絶。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ビッドル

    解説

  • 25

    米東インド艦隊司令長官。1853年に浦賀に来航。米大統領フィルモアの国書を提出。翌1854年再来日し、日米和親条約を締結する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ペリー

    解説

  • 26

    アメリカ人。1856年に下田へ来日。初代駐日公使。日米修好通商条約を締結。 『日本滞在記』の著者。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ハリス

    解説

  • 27

    オランダ人。1856年に来日。駐日アメリカ総領事館の通訳。1860年に攘夷派の浪士に暗殺される。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ヒュースケン

    解説

  • 28

    イギリス人。1859年来日。初代駐日公使。四国艦隊下関砲撃事件を主導。 『大君の都』著者。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • オールコック

    解説

  • 29

    イギリス人。1862年来日。イギリス公使館の通訳、駐日公使。 『一外交官の見た明治維新』著者。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • アーネスト・サトウ

    解説

  • 30

    フランス人。1864年来日。倒幕派を支援するイギリスと対抗し、幕府を支援。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ロッシュ

    解説

  • 31

    イギリス人。1865年来日。駐日公使。幕府を支援するフランスと対抗し、薩長(倒幕派)を支援。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • パークス

    解説

  • 32

    江戸時代前期にタイの日本人町を中心に東南アジアで活躍した

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 山田長政 やまだながまさ

    解説

  • 33

    アメリカ人宣教師。新教伝道・医学。1859年来日。1867年和英辞典『和英語林集成』を発行。明治学院大学を設立し初代学長に就任。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ヘボン

    解説

  • 34

    オランダ出身の宣教師。1859年長崎に来航。英学を教授。維新後は明治政府顧問として活躍。その後は伝道に専念した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フルベッキ

    解説

  • 35

    イギリスの画家。1861年、『絵入り=ロンドンニューズ』の特派員として来日。風刺雑誌『ジャパン=パンチ』を創刊。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ワーグマン

    解説

  • 36

    イギリス人。1870年来日。新橋~横浜間に鉄道敷設。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • モレル

    解説

  • 37

    アメリカ人。フルベッキの斡旋で1871年に来日。熊本洋学校を設立。 生徒達(熊本バンド)のキリスト教信教などによって1876年に洋学校は閉鎖。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ジェーンズ

    解説

  • 38

    ドイツ人医師。1871年来日。 ミュラーとともに東校の医学教育制度を改革し、ドイツ式の大学形態とした。 日本に初めて穿胸術(せんきょうじゅつ)や肋骨切除術を伝える。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ホフマン

    解説

  • 39

    アメリカ人。1871年来日。 北海道の開拓を指導。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ケプロン

    解説

  • 40

    アメリカの教育者、教育行政家。1873年来日。文部省顧問として教育制度、女子教育の整備に貢献。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • マレー (モルレー)

    解説

  • 41

    パリ大学卒のフランス人法学者。法典編纂。1873年来日。刑法・治罪法・民法を草案(民法は施行されなかった)。司法省法学校・東京大学で教鞭をとる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ボアソナード

    解説

  • 42

    イタリアの印刷技術者。1875年来日。大蔵省印刷局にて銀行券や印紙のデザイン、原版作りを行い、銅版技術を指導。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • キヨソネ

    解説

  • 43

    ドイツの地質学者。1875年来日。新潟から静岡・関東に至る巨大な地溝帯を発見しフォッサマグナと命名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ナウマン

    解説

  • 44

    イタリアの画家。1876年来日。 西洋画を指導。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フォンタネージ

    解説

  • 45

    イタリアの彫刻家。1876年来日。 洋風彫刻を指導。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ラグーザ

    解説

  • 46

    イギリスの地震学者。1876年来日。 世界初の地震学会である日本地震学会を設立。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ミルン

    解説

  • 47

    アメリカ人。1876年に来日。 札幌農学校の初代教頭に就任。「青年よ大志を抱け」の言葉で有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • クラーク

    解説

  • 48

    ドイツ人軍医。1876年来日。東京医学校で30年近く医学を教え、医学界の発展に尽力。 草津温泉の効能を研究。蒙古斑の命名者。 当時の西洋人から見た明治時代初期の日本の様子を詳細に描写した記録を作成。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ベルツ

    解説

  • 49

    イギリスの建築家。1877年来日。 西洋建築を移入。辰野金吾ら、創成期の日本人建築家を育成。 鹿鳴館の設計を担当。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • コンドル

    解説

  • 50

    アメリカの動物学・考古学者。1877年来日。大森貝塚を発見。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • モース

    解説

  • 51

    アメリカ人。モースの紹介で1878年来日。哲学・日本美術を振興。教え子の岡倉天心と共に東京美術学校を設立に尽力。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フェノロサ

    解説

  • 52

    ドイツの法学者。伊藤博文らの招きにより1878年来日し、明治憲法・商法などを起草。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ロエスレル

    解説

  • 53

    ベルリン大学の教授。渡欧した伊藤博文らに憲法理論を指導。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • グナイスト

    解説

  • 54

    ウィーン大学の教授。渡欧した伊藤博文らに憲法理論を指導。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • シュタイン

    解説

  • 55

    ドイツの法学者。1886年来日。地方自治制度。“明治憲法の父”といわれる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • モッセ

    解説

  • 56

    イギリス人。文学(日本に帰化)。1890年来日。小説『怪談』を執筆。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ラフカディオ・ハーン [小泉八雲(こいずみやくも)]

    解説

  • 57

    ドイツ系ロシア人の哲学者。1893年来日。明治政府のお雇い外国人として東京帝国大学でドイツ哲学、西洋古典学を教える。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ケーベル

    解説

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