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【大学受験用】日本史一問一答【江戸時代】part1

カード 255枚 作成者: いてや (作成日: 2014/07/24)

  • 09-①

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教材の説明:

日本史は知識量が大事。センター、国公立二次にはこのシリーズだけで完璧。 やりきれば必ず合格の助けとなる。   日本史を得意科目としたい受験生のために作りました。

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  • 1

    09-①

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸幕府の成立

    解説

  • 2

    1600年、徳川家康が石田三成らを( )国で打ち破った戦いを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 美濃、関ヶ原の戦い

    解説

  • 3

    大坂の陣は、豊臣氏が修復した( )の大仏殿の鐘銘が引きがねとなった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 方広寺

    解説

  • 4

    江戸幕府の職制のうち、最高職にあたったのは( )だが、常置ではなかった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大老

    解説

  • 5

    江戸幕府の職制では、大老がいない時は( )が最高責任者である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 老中

    解説

  • 6

    江戸時代の関ヶ原の戦い以前から徳川配下となっている大名を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 譜代

    解説

  • 7

    家康は、1605年に将軍職を退き、( )<地名>に移って( )となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 駿府、大御所

    解説

  • 8

    ( )は、大名の観察を主な職務とする。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大目付

    解説

  • 9

    関ヶ原の戦い後、豊臣秀頼は摂津・( )・( )の大名に転落した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 河内・和泉

    解説

  • 10

    徳川家康は1603年、( )に任じられて江戸に幕府を開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 征夷大将軍

    解説

  • 11

    代官のうち広域を担当する者を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 郡代

    解説

  • 12

    三奉行とは( )奉行・( )奉行・( )奉行をさす。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寺社・町・勘定

    解説

  • 13

    江戸時代の関ヶ原の戦い後に徳川配下となった大名を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 外様

    解説

  • 14

    江戸幕府の経済基盤は、( )と呼ばれる約( )万石の直轄地と約300万石の( )からなっていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 幕領(天領)、400、旗本知行地

    解説

  • 15

    幕府は、豊臣氏を1614年の( )と1615年の( )で攻め滅ぼした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大坂冬の陣、大坂夏の陣

    解説

  • 16

    幕領(天領)の民政は( )が行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 代官

    解説

  • 17

    京都いは朝廷監視機関として( )を大坂・駿府・二条・伏見には( )を置いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 京都所司代、城代

    解説

  • 18

    老中の補佐をする役目をはたす者は( )といわれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 若年寄

    解説

  • 19

    09-②

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大名の統制

    解説

  • 20

    大名とは、将軍に臣従した、( )万石以上の領地をもつ者をいう。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 1

    解説

  • 21

    1615年、大坂の役の後制定された武家諸法度は、( )と呼ばれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元和令

    解説

  • 22

    将軍の警備という名目で一定期間大名を江戸に来させた制度を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 参勤交代

    解説

  • 23

    藩士には、蔵米を与える( )制が採用された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 俸禄(ほうろく)

    解説

  • 24

    1635年の武家諸法度は( )と呼ばれる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寛永

    解説

  • 25

    1615年、大坂の役が終わると、幕府は( )を出し、大名領内の多くの城の破却を命じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 一国一城令

    解説

  • 26

    大名のうち、( )と( )は要所に( )は遠隔地帯に置かれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 親藩、譜代、外様

    解説

  • 27

    ( )は外様大名を辺地に移すことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 転封(国替)

    解説

  • 28

    藩士には、知行地を与える( )制が採用された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 地方知行

    解説

  • 29

    ( )は大名の領地を没収することである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 改易

    解説

  • 30

    1635年の武家諸法度では、( )石以上の船の建造を禁止した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 500

    解説

  • 31

    徳川幕府の軍事力のうち、しょだいみょうが 負担するものを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 軍役

    解説

  • 32

    ( )が武家諸法度の元和令を起草した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 金地院崇伝

    解説

  • 33

    09-③

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 朝廷・寺社の統制

    解説

  • 34

    幕府は1615年、天皇・公家の職分や権限を規制するために( )を制定した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 禁中並公家諸法度

    解説

  • 35

    17世紀半ば、隠元隆琦が禅宗の一派である( )を伝えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 黄檗宗

    解説

  • 36

    ( )天皇は、僧侶に最高の栄誉を与えようとしたが幕府に制限されそれに抗議し譲位した。これを( )事件という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 後水尾、紫衣

    解説

  • 37

    紫衣事件によって出羽に流されたのは、大徳寺の僧侶( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 沢庵

    解説

  • 38

    キリシタン摘発のために、キリスト像やマリア像を踏ませる( )を行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 絵踏

    解説

  • 39

    幕府はキリスト教以外にも、日蓮宗の( )派の弾圧も行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 不受不施

    解説

  • 40

    1615年、各宗共通の内容で( )が出され、( )という中心寺院によって( )と呼ばれる一般寺院を統制させる制度を作った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 諸宗寺院法度、本山、末寺

    解説

  • 41

    三公とは( )・( )・( )のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 太政大臣・左大臣・右大臣

    解説

  • 42

    09-④

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 農民・町人の統制

    解説

  • 43

    村役人は、( )がその中心となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 村方三役

    解説

  • 44

    農繁期には、血縁の農民や近隣の農民が協同作業で作業をする( )が行われていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 結(もやい)

    解説

  • 45

    1643年には( )が出され、本田畑にたばこ・( )・菜種などの商品作物を作ることを禁じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田畑勝手作りの禁令、木綿

    解説

  • 46

    本年貢のことを( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本途物成

    解説

  • 47

    村方三役のうちで、名主を補佐するのは( )、村民の代表は( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 組頭、百姓代

    解説

  • 48

    村方三役のうち年貢納入の責任を負った者を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 名主

    解説

  • 49

    村民には、年貢の完納や犯罪防止のため、連帯責任を負わせる( )が組織された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 五人組

    解説

  • 50

    1673年には経営規模の細分化をふせぐために( )を出した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 分地制限令

    解説

  • 51

    1643年( )が、本百姓を維持し、陥落を防止するために発令された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田畑永代売買の禁

    解説

  • 52

    農民の中で、田畑をもち検地帳に登録されて貢租負担の義務をもつ者を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本百姓

    解説

  • 53

    山林などの収益に課せられる雑税を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 小物成

    解説

  • 54

    村高に応じて農民に課せられた付加税を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 高掛物

    解説

  • 55

    街道の輸送のために化せられた人馬の夫役を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 伝馬役

    解説

  • 56

    農民のうち、田畑をもたず小作や雑業で生活する者を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 水呑百姓

    解説

  • 57

    09-⑤

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸時代初期の外交

    解説

  • 58

    1600年、オランダ船( )が豊後に漂着した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • リーフデ号

    解説

  • 59

    ( )は、シャムの( )の日本町で国王の信任を得て活躍し、リゴール太守となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 山田長政、アユタヤ

    解説

  • 60

    17世紀の主な輸入品は( )であり、主な輸出品は( )であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 生糸、銀

    解説

  • 61

    1609年、( )が琉球を征服した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 島津家久

    解説

  • 62

    リーフデ号には、オランダ人( )とイギリス人( )が乗船していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ヤン=ヨーステン、ウィリアム=アダムズ

    解説

  • 63

    仙台藩主伊達正宗は、1613年家臣の( )をイスパニアに派遣した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 支倉常長

    解説

  • 64

    家康は、当時( )と呼ばれていたメキシコとの通称を求めて京都の商人( )を派遣した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ノビスパン、田中勝介

    解説

  • 65

    日本人は、東南アジアの各地に集住して、いわゆる( )を形成した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 日本町

    解説

  • 66

    明が( )政策をとっていたため、日本と明の商人は第三国で貿易を行う( )を行っていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 海禁、出会貿易

    解説

  • 67

    ウィリアム=アダムズは、後に( )と名乗った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 三浦按針

    解説

  • 68

    将軍の代替わりごとに慶賀のために朝鮮から派遣される使節を( )と呼ぶ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 朝鮮通信使

    解説

  • 69

    対馬に赴任し、朝鮮との外交を担当したのは、木下順庵門下の( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 雨森芳洲

    解説

  • 70

    当時、中国産生糸の取引は( )<国名>が独占していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ポルトガル

    解説

  • 71

    1604年江戸幕府は、ポルトガル商人の独占的利益を阻むために( )制度を作った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 糸割符

    解説

  • 72

    09-⑥

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鎖国への展開と長崎貿易

    解説

  • 73

    江戸幕府は1612年、直轄領に( )を出し、よく1613年これを全国に及ぼしてキリスト教信者に改宗を強制した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 禁教令

    解説

  • 74

    1624年、( )船の来航を禁じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • イスパニア

    解説

  • 75

    1616年、貿易港を( )と( )に限定した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 平戸、長崎

    解説

  • 76

    1633年、( )以外の海外渡航が禁止じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 奉書船

    解説

  • 77

    1688年には長崎に来航する清国人を( )に隔離した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 唐人屋敷

    解説

  • 78

    ( )とよばれたオランダ商館長が提出した海外事情報告書を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • カピタン、オランダ風説書

    解説

  • 79

    1614年、マニラにキリシタン大名( )らが追放された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 高山右近

    解説

  • 80

    1639年、( )船の来航を禁止した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ポルトガル

    解説

  • 81

    1637年から翌年にかけて九州で起こった( )は、幕府の鎖国実施を決定づけた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 島原の乱

    解説

  • 82

    09-⑦

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸時代初期の文化

    解説

  • 83

    徳川家康をまつる日光( )は、( )造の建築物である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 東照宮、権現

    解説

  • 84

    『舟橋蒔絵硯箱』は( )の代表作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本阿弥光悦

    解説

  • 85

    大和絵から出た( )<人名>は宮廷絵所預となり、( )派を復興した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 土佐光起、土佐

    解説

  • 86

    幕府の御用絵師となった( )は、『大徳寺方丈襖絵』などを残した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 狩野探幽

    解説

  • 87

    『風神雷神図屏風』のは( )の代表作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 俵屋宗達

    解説

  • 88

    桂離宮は、( )造りの代表的建築物である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 数奇屋

    解説

  • 89

    ( )は、赤絵の技法を完成させた江戸時代初期の陶工である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 酒井田柿右衛門

    解説

  • 90

    ( )は、京都の町衆出身で、大和絵の新しい様式である( )を創始した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 俵屋宗達、装飾画

    解説

  • 91

    09-⑧

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 文治政治と正徳の治

    解説

  • 92

    1651年、徳川( )が没し、次いで幼少の徳川( )が就任した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 家光、家綱

    解説

  • 93

    加賀藩主( )は木下順庵らを招いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 前田綱紀

    解説

  • 94

    岡山藩主( )は陽明学者熊沢蕃山を登用した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 池田光政

    解説

  • 95

    5代将軍綱吉は、初め大老( )を登用。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 堀田正俊

    解説

  • 96

    将軍綱吉は、( )を重用し、大学頭に任じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 林信篤

    解説

  • 97

    ( )は、江戸時代初期の異様な振る舞いや風体をした無頼の徒のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • かぶき者

    解説

  • 98

    ( )は、5代綱吉のもとで、側用人として権力をふるった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 柳沢吉保

    解説

  • 99

    将軍綱吉氏は、( )を天文方に登用した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 安井算哲(渋川春海)

    解説

  • 100

    新井白石は( )金銀を鋳造し、質量とも慶長金銀に戻した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 正徳

    解説

  • 101

    伏見・桂・有栖川宮家に加えて、新井白石が新設した宮家は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 閑院宮家

    解説

  • 102

    6,7代将軍の侍講をつとめた儒者は( )、側用人は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 新井白石、間部詮房

    解説

  • 103

    ( )は、江戸に彰考館を設けて『大日本史』の編纂を開始した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 徳川光圀

    解説

  • 104

    1651年、幼少の家綱が将軍となる直前に、牢人の不満を利用して幕府を倒そうと企てた( )がおこった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 慶安の変(由井正雪の乱)

    解説

  • 105

    将軍綱吉氏は( )を歌学方に登用した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北村季吟

    解説

  • 106

    会津藩主( )は山崎闇斎に朱子学を学んだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 保科正之

    解説

  • 107

    慶安の変のあと、幕府は50歳未満の大名に( )を認め、大名改易の減少をはかった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 末期養子

    解説

  • 108

    慶安の変は( )・丸橋忠弥らによって行われた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 由井正雪

    解説

  • 109

    綱吉が犬公方とよばれるのは、( )を発令したからである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 生類憐みの令

    解説

  • 110

    慶安の変を契機として、( )政治から( )政治への転換を迫られた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 武断、文治

    解説

  • 111

    09-⑨

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸時代の農業

    解説

  • 112

    全国の耕作面積は、18世紀初頭には16世紀の( )倍の約( )万町歩に増加した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 2、300

    解説

  • 113

    肥料では、自給肥料の他に( )とよばれる購入肥料が用いられるようになった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 金肥

    解説

  • 114

    『農業全書』の著者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 宮崎安貞

    解説

  • 115

    用水のくみ上げでは、中国伝来の( )から、小型の( )が使用されるようになった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 竜骨車、踏車

    解説

  • 116

    選別農具には、金網を用いた( )や、4枚の扇板の風力による( )があった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 千石簁、唐箕

    解説

  • 117

    阿波の代表的な商品作物として( )がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    解説

  • 118

    ( )の発明により、深耕が可能になった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 備中鍬

    解説

  • 119

    江戸時代の金肥には、( )や、菜種や綿実から油を絞った( )が用いられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 干鰯、油粕

    解説

  • 120

    『公益国産考』・『農具便利論』の著者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大蔵永常

    解説

  • 121

    出羽の代表的な商品作物としては、( )がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 紅花

    解説

  • 122

    薩摩の代表的な商品作物として( )がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • タバコ

    解説

  • 123

    代官井沢弥惣兵衛が新田開発のために、利根川の水を引いて( )を完成させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 見沼代用水

    解説

  • 124

    備後の代表的な商品作物として、( )がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藺草(いぐさ)

    解説

  • 125

    09-⑩

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸時代の諸産業

    解説

  • 126

    現在の住友である ( )が発見した銅山は( )銅山である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 和泉屋、別子

    解説

  • 127

    当時の鉄の精錬法は( )が主であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • たたら製鉄

    解説

  • 128

    西陣で使われていた織機を( )、綿織物の織機を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 高機(たかばた)、いざり機(いざりばた)

    解説

  • 129

    九十九里浜では( )漁が盛んとなった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 地曳網(じびきあみ)

    解説

  • 130

    陶磁器では加賀の( )焼、肥前の( )焼が有名である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 九谷、有田

    解説

  • 131

    幕府の直轄鉱山として、新潟県の( )金山が有名である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 佐渡

    解説

  • 132

    製紙では、越前の( )や、播磨の( )、美濃の( )が有名である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 鳥の子紙、杉原紙、美濃紙

    解説

  • 133

    醤油は、関東の銚子や( )などで生産が行われていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 野田

    解説

  • 134

    当時の銀の精錬法は( )が主であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 灰吹法

    解説

  • 135

    絹織物の生産地は、京都の( )、栃木の( )、群馬の( )が有名である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 西陣、足利、桐生

    解説

  • 136

    09-⑪

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸時代の交通

    解説

  • 137

    五街道は、東海道・( )・( )・( )・奥州道中である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 中山道・甲州道中・日光道中

    解説

  • 138

    江戸と大坂間の定期船である( )廻船は、18世紀には( )廻船に圧倒された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菱垣、樽

    解説

  • 139

    ( )は、慶長の頃、保津川・富士川・高瀬川などの水路を開いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 角倉了以

    解説

  • 140

    ( )は、東回り航路・西回り航路を整備した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 川村瑞賢(瑞軒)

    解説

  • 141

    ( )は、大坂と江戸を結ぶ航路である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 南回路

    解説

  • 142

    宿場には大名などの宿泊する( )・( )や一般旅行者の宿泊する( )・木賃宿などがあった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本陣・脇本陣、旅籠屋

    解説

  • 143

    江戸・大坂・京都を総称して( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 三都

    解説

  • 144

    ( )は五街道の起点である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 日本橋

    解説

  • 145

    江戸時代中期以降、西回り航路では日本海沿岸の船である( )が活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北前船

    解説

  • 146

    飛脚には、幕府公用の( )、諸藩専用の( )、三都の商人による町飛脚があった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 継飛脚、大名飛脚

    解説

  • 147

    09-⑫

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 江戸時代の商業

    解説

  • 148

    大坂中之島などには、年貢米や藩の産物を売るための( )が数多く建てられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蔵屋敷

    解説

  • 149

    大坂の( )には公認された米市場があった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 堂島

    解説

  • 150

    蔵物は( )が管理・販売し、( )が代金の保管にあたった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蔵元、掛屋

    解説

  • 151

    魚市は江戸の( )と大坂の( )に設けられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 日本橋、雑喉場

    解説

  • 152

    当時の金貨の単位は( )・( )・( )で( )進法であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 両・分・朱、4

    解説

  • 153

    1601年には、金貨や( )・( )と呼ばれる銀貨を鋳造した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 丁銀・豆板銀

    解説

  • 154

    両替商は大別すると( )と( )がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 本両替、銭両替

    解説

  • 155

    蔵物に対し、商人自身の手で輸送・販売される商品を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 納屋物

    解説

  • 156

    金貨は( )貨幣であり、銀貨は( )貨幣である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 計数、秤量

    解説

  • 157

    二十四組問屋は( )<地名>に、十組問屋は( )<地名>にあった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大坂、江戸

    解説

  • 158

    三貨交換などの金融業務に携わった金融業者を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 両替商

    解説

  • 159

    ( )は越後屋呉服店を開いて「現金かけ値なし」の新商法で成功した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 三井高利

    解説

  • 160

    江戸幕府が開かれると、全国に流通する貨幣が鋳造されるようになった。これを総称して( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 慶長金銀

    解説

  • 161

    江戸では( )が旗本・御家人の( )を販売すると共に金貸しを行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 札差(蔵宿)、蔵米

    解説

  • 162

    銭貨は1636年に鋳造された( )が、江戸時代通じて標準貨幣となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寛永通宝

    解説

  • 163

    青物市は江戸の( )と大坂の( )に設けられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 神田、天満

    解説

  • 164

    三貨のうち、東日本では( )、西日本では( )が主として流通していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 金、銀

    解説

  • 165

    ( )は各諸藩大名が徴収した年貢米や領内の産物のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蔵物

    解説

  • 166

    09-⑬

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元禄文化(1)儒学の興隆

    解説

  • 167

    ( )は君臣上下の秩序を重んじたため、幕僚体制の秩序維持に役立った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 朱子学

    解説

  • 168

    『万葉集』の注釈書は『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 万葉代匠記

    解説

  • 169

    林羅山と子の( )は、幕命で日本史の編纂に取り組み、『( )』を完成させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 林鵞峰、本朝通鑑

    解説

  • 170

    儒学の中で( )は、直接に孔子・孟子の説をくみとることを主張した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 古学

    解説

  • 171

    ( )は貞享暦を作り、従来の宣明暦を改めさせた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 渋川春海(安井算哲)

    解説

  • 172

    藤原惺窩の門人( )は、徳川家康に登用された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 林羅山(道春)

    解説

  • 173

    山鹿素行は『( )』を著したため、赤穂に流された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 聖教要録

    解説

  • 174

    吉田光由の著した数学入門書を『( )』という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 塵劫記

    解説

  • 175

    山崎闇斎は多くの門弟を養成し、( )派を形成した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 崎門学

    解説

  • 176

    京都の伊藤仁斎・伊藤東涯父子の学派は( )と呼ばれる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 堀川学派

    解説

  • 177

    新井白石の著した『( )』は、6代将軍家宣のために進講した内容を整理したものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 読史余論

    解説

  • 178

    『政談』で幕政改革を建議した( )は、室鳩巣と共に将軍吉宗に用いられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 荻生徂徠

    解説

  • 179

    新井白石の自伝は、『( )』である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 折たく柴の記

    解説

  • 180

    徳川綱吉は、林羅山の孫の( )を大学頭に起用し、( )を建てて孔子をまつらせた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 林信篤、湯島聖堂

    解説

  • 181

    ( )は古学派を創始した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 山鹿素行

    解説

  • 182

    古義堂を開いた( )は、朱子学を批判して、聖人による仁愛の世界を構想していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 伊藤仁斎

    解説

  • 183

    ( )は、徳川光圀の要請をうけて『万葉集』の注釈書『万葉代匠記』を完成させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 契沖

    解説

  • 184

    ( )は、荻生徂徠の門人で、藩専売制の必要を説いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 太宰春台

    解説

  • 185

    『六諭衍義大意』の著者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 室鳩巣

    解説

  • 186

    朱子学は( )によって独自体系化され、京学派がおこされた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 藤原惺窩

    解説

  • 187

    ( )は、神道を儒教的に解釈して、神の道と天皇の徳が一体であるとする垂加神道を説いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 山崎闇斎

    解説

  • 188

    『経済録』を著したのは( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 太宰春台

    解説

  • 189

    熊沢蕃山は『( )』を著したため、下総古河に幽閉された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大学或問

    解説

  • 190

    荻生徂徠の学派を( )と呼ぶが、徂徠の家塾の名にちなんで( )ともいわれる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 古文辞学派、蘐園学派

    解説

  • 191

    09-⑭

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元禄文化(2)元禄時代の諸文化

    解説

  • 192

    17世紀末から18世紀の初め、上方を中心に( )文化が栄えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元禄

    解説

  • 193

    ( )は木版の浮世絵版画を完成させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 菱川師宣

    解説

  • 194

    色絵を完成し、京焼きの祖と呼ばれた人物は( )のことである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 野々村仁清

    解説

  • 195

    ( )は『曽根崎心中』など、人形浄瑠璃や歌舞伎に優れた脚本を多く残した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 近松門左衛門

    解説

  • 196

    俵屋宗達の画法をひく( )は、『紅白梅図屏風』など装飾画の傑作を描いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 尾形光琳

    解説

  • 197

    和事の名手である上方の歌舞伎役者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 坂田藤十郎

    解説

  • 198

    荒事で好評を得た江戸の歌舞伎役者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 市川団十郎

    解説

  • 199

    『( )』は、近松門左衛門の時代物で、明を再興する筋である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 国性爺合戦

    解説

  • 200

    女形の名手である上方の歌舞伎役者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 芳沢あやめ

    解説

  • 201

    井原西鶴は町人向けの文学として、( )とよばれる小説を大成した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 浮世草子

    解説

  • 202

    ( )は、正風の俳諧を確立した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 松尾芭蕉

    解説

  • 203

    大坂の町人( )が発表した『好色一代男』は浮世草子の第一作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 井原西鶴

    解説

  • 204

    『八橋蒔絵硯箱』の作者は( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 尾形光琳

    解説

  • 205

    09-⑮

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 享保の改革

    解説

  • 206

    8代将軍( )の行った改革を( )の改革という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 徳川吉宗、享保

    解説

  • 207

    吉宗は、金銭貸借訴訟に関する訴訟を受理せず、当時者間で解決させる( )を出した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 相対済し令

    解説

  • 208

    徳川吉宗は( )藩主の子で、( )公方と呼ばれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 紀伊、米

    解説

  • 209

    吉宗は、( )の意見を入れて関東に甘藷を栽培させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 青木昆陽

    解説

  • 210

    吉宗は、信任の厚かった( )を江戸町奉行に抜擢した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大岡忠相

    解説

  • 211

    吉宗は、微税法を( )から( )へ転換した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 検見法、定免法

    解説

  • 212

    吉宗は1722年、新田開発をよびかけた。この新田を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 町人請負新田

    解説

  • 213

    吉宗は、実学を発展させる意味で( )輸入の禁を緩和した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 漢訳洋書

    解説

  • 214

    1722年の( )によって、農民が土地を失い農村から流出するのを阻止しようとした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 質流し(れ)禁令

    解説

  • 215

    吉宗は( )や( )らの儒者を侍講に招いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 荻生徂徠、室鳩巣

    解説

  • 216

    吉宗は、( )を制定して裁判の基準を確定した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 公事方御定書

    解説

  • 217

    1730年には、大坂( )の米市場を公認して米価の調整をはかった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 堂島

    解説

  • 218

    『民間省要』を著した農政家( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田中丘隅

    解説

  • 219

    1723年に実施された( )は、役職ごとに基準家禄を定め、就任者の家禄の不足分を在職中に限って支給した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 足高の制

    解説

  • 220

    09-⑯

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田沼時代と農村

    解説

  • 221

    10代将軍徳川家治の時代に、( )が側用人から老中となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 田沼意次

    解説

  • 222

    幕府は、株仲間とよばれる特定商人に専売権を与え、( )・( )を課した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 運上・冥加

    解説

  • 223

    ( )の飢饉は、1782年の東北地方を中心とした冷害から始まった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 天明

    解説

  • 224

    株仲間の公認は将軍徳川( )のときに行われた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 吉宗

    解説

  • 225

    田沼は、長崎貿易の支払いに( )や、海産物である( )などをあてた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 銅、俵物

    解説

  • 226

    下総の佐倉惣五郎や上野の磔茂佐衛門は、江戸時代初期の( )の代表例である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 義民

    解説

  • 227

    江戸時代中期に起こった、農民前階層が参加した一揆を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 惣百姓一揆

    解説

  • 228

    江戸時代の農民の一揆は( )と総称された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 百姓一揆

    解説

  • 229

    田沼意次は、下総国の( )・( )の干拓を進めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 印旛沼・手賀沼

    解説

  • 230

    1787年に全国で起こった都市貧民による反抗行動を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 天明の打ちこわし

    解説

  • 231

    09-⑰

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寛政の改革

    解説

  • 232

    江戸幕府の11代将軍は徳川( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 家斉

    解説

  • 233

    松平定信は、江戸の( )島に( )を置いて、不浪人や無宿人などを収容した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 石川、人足寄場

    解説

  • 234

    松平定信は、飢饉に備えて各大名に知行高1万石につき50石の割で貯蓄を命じる( )をはじめた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 囲米

    解説

  • 235

    松平定信は、( )という制度を設け、町入用を節約して飢饉や災害に備えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 七分金積立

    解説

  • 236

    松平定信は、旗本・御家人を救済するため、( )の債権を放棄させる( )を出した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 札差、棄捐令

    解説

  • 237

    聖堂学問所は1797年に( )と称されて幕府直轄の学問所となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 昌平坂学問所

    解説

  • 238

    松平定信は、飢饉で荒廃した農村復興策として他国出稼制限令や( )を発布した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 旧里帰農令

    解説

  • 239

    松平定信は、( )が『( )』や『三国通覧図説』で海岸防備を説いたことを幕政批判として弾圧した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 林子平、海国兵談

    解説

  • 240

    18世紀中ごろに肥後藩主( )が、18世紀末には秋田藩主( )が藩政改革を行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 細川重賢、佐竹義和

    解説

  • 241

    1790年、松平定信は聖堂学問所での儒学の講義は朱子学のみとする( )を出した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寛政異学の禁

    解説

  • 242

    将軍家斉当時に行われた幕政改革を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寛政の改革

    解説

  • 243

    寛政の改革を行った老中は( )藩主であった( )である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 白河、松平定信

    解説

  • 244

    09-⑱

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 列強の接近と生産の近代化

    解説

  • 245

    1792年には、ロシア使節( )が根室に来航した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ラックスマン

    解説

  • 246

    1808年、北方探索を命じられた( )が、樺太が島であることを確かめた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 間宮林蔵

    解説

  • 247

    1837年、アメリカの商船( )が、浦賀・薩摩で撃退される事件が起こった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • モリソン号

    解説

  • 248

    1808年、イギリス軍艦( )が、オランダ船を追って長崎に侵入する事件がおこった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フェートン号

    解説

  • 249

    『戊戌夢物語』は( )が書いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 高野長英

    解説

  • 250

    ラックスマンは、日本人漂流民( )を引き連れて、( )に来航した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大黒屋光太夫、根室

    解説

  • 251

    1839年に、高野長英・渡辺崋山らが弾圧された事件を( )という。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蛮社の獄

    解説

  • 252

    『慎機論』は( )が書いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 渡辺崋山

    解説

  • 253

    19世紀になると、終わりの綿織物業、桐生・足利の絹織物業などでは、( )が行われるようになった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • マニュファクチュア

    解説

  • 254

    1804年にはロシアの使節( )が長崎に来航して通称を求めてきた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • レザノフ

    解説

  • 255

    幕府は1825年、( )を出して、オランダ・中国以外の外国船の撃退を命じた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 異国船打払令

    解説

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