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24.太宰府と少弐氏関連

カード 64枚 作成者: enchan (作成日: 2014/03/29)

  • 頼朝は西国支配の為(1)を設置し,1184年に(2)を派遣したのを皮切りに(3)などを任命した。

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  • 1

    頼朝は西国支配の為(1)を設置し,1184年に(2)を派遣したのを皮切りに(3)などを任命した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鎮西奉行 ②源範頼 ③天野遠景

    解説

  • 2

    頼朝は1195年には武藤家の初代となる(1)を派遣し,(1)はその後(2,3,4,5,6)の守護,(7)奉行となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①資頼 ②-⑥筑前、豊前、肥前、対馬、壱岐 ⑦鎮西

    解説

  • 3

    資頼は1216年には(1)となり,朝廷側の職としては令官職ではないが(2)に就いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大宰少弐 ②執行

    解説

  • 4

    資頼が政務を行ったのは観世音寺裏の(1)所で現在の字(2)に名残がある。また館跡(私邸)が(3)である。小字名(4-5)が残っている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①(宰府)守護所 ②御所の内 ③内山辛野遺跡 ④⑤御館、評議場

    解説

  • 5

    武家の少弐氏が出す文書に朝廷に属する府官が署名するものがあるが,それら二つは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 宰府守護所下文と宰府守護所牒

    解説

  • 6

    (1)とは上位の者が下位の者に出す文書で,(2)は上下関係がない文書,(3)は下位の者が上位に出す文書。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①下文 ②牒 ③解(げ)

    解説

  • 7

    京都在住の帥や権帥が出す文書を(1)と言い,書き出しは必ず(2)となっている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大府宣 ②大府宣す 大宰在庁官人ら

    解説

  • 8

    二代資能が信者代表となったり,土地を寄進したりした古刹二つは(1-2)で,夫々何年の事である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 1240年横岳崇福寺 1241年承天寺

    解説

  • 9

    宰府守護所下文と宰府守護所牒の前の形式の文書は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大宰府政所下文と大宰府政所牒

    解説

  • 10

    資頼は従来の大宰府政所下文などの文書も使用したが,その使用方法はどのように変わった?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 適用範囲が武藤氏の守護管内(肥前、筑前、豊前、対馬、壱岐)だけとなった。しかも袖判だけの尊大な取扱。

    解説

  • 11

    新たな宰府守護所下文などはどのように適用された?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 従来の大宰府政所下文とは違い九州全域が対象となり、印も筆頭に署判した。

    解説

  • 12

    新たな宰府守護所下文を本格的に使用したのは少弐氏(武藤氏)であるが,以前僅かに使用した例がある。誰?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 天野遠景

    解説

  • 13

    資頼の墓は(1)で(2)の三輪しか残っていない。水輪は(3)で球形を表すなど非常に珍しい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①五輪塔 ②地、水、火 ③四角石の角を落として(隅切り)

    解説

  • 14

    資能は引き続き(1-2)職を引き継ぎ守護として治める国は(3-4)が増え七カ国となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鎮西奉行、少弐 ②筑後、肥後

    解説

  • 15

    (1)年の文永の役の時指揮をとったのは三代(2)であった。実際に戦ったのは弟の(3)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1274 ②経資 ③景資

    解説

  • 16

    中世太宰府にあって鎮西天台宗の中心は(1,2,3,4)の寺院であり,禅宗では(5)であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①ー④安楽寺、観世音寺、大山寺、原山無量寺 ⑤崇福寺

    解説

  • 17

    蒙古襲来後は鎮西奉行に代り,(1)に(2)がおかれ,少弐氏の内部争いにも乗じ(3)が進出した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①博多 ②鎮西探題 ③北条氏

    解説

  • 18

    太宰府においては1333年に少弐(1)は,大友・島津氏とともに鎮西探題を攻め(2)を自害させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①貞経 ②北条英時

    解説

  • 19

    少弐貞経は大友,島津とともに鎮西探題を滅した後,何処の守護となったか(四ヶ国)?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 筑前、豊前、筑後、対馬 (対馬を加えない説もある。北条氏を滅した事により建武の新政で任じられたが直ぐに後醍醐天皇に離反)

    解説

  • 20

    1336年九州落ちした尊氏を迎えたのは(1)で,その留守の間(2)城を(3)に攻められ父(4)は自害した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①少弐頼尚 ②有智山 ③菊池武敏 ④貞経

    解説

  • 21

    頼尚は父貞経を討った(1)に(2)の戦いで勝利した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①菊池武敏 ②多々良浜

    解説

  • 22

    尊氏の上京後も(1)は九州に居残り尊氏軍の軍勢を統括した。これが(2)の始まりである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①一色道猷 ②九州探題

    解説

  • 23

    中央の直義と高師直の争いである(1)で尊氏の子(2)が九州に入るや頼尚は(2)と組み反幕府方となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①観応の擾乱(1349-1352) ②直冬

    解説

  • 24

    直冬の九州入城により九州は三つ巴の勢力となった。夫々の勢力とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 直冬勢、西征府勢、九州探題勢

    解説

  • 25

    結局,頼尚と組んだ直冬は(1)(2)合戦と(3)に相次いで敗れ,(4)年に(5)国(6)城に退いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①②椿・忠隈合戦,宰府合戦 ③一色道猷(九州探題) ④1352年 ⑤長門 ⑥豊田城 (1353年の針摺原の戦いの前年)

    解説

  • 26

    直冬が長門へ退き鼎立は終わったがその翌年1353年に針摺原の戦いがあったがどんな戦い?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 北朝方から直冬方になった頼尚を一色道猷が太宰府浦の城に攻めたてたが宮方菊池武光が救援し道猷を破った。

    解説

  • 27

    1353年の針摺原の戦いの後1359年に起きた大保原の戦いはどんな戦い?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 針摺原合戦後西征府方についた頼尚はまた幕府方に戻った。結局懐良親王方が勝利し頼尚の子直資戦死。

    解説

  • 28

    少弐氏のまとめ。初代からとりあえず九代まで。 但し四代は盛経。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 資頼ー資能ー経資(弟 景資)ー盛経ー貞経ー頼尚ー直資・冬資・頼澄

    解説

  • 29

    少弐氏は中国の宋とも交易を行っていたが,朝鮮では何処の国と深い関係を持っていた?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 高麗

    解説

  • 30

    元寇の前にフビライが派遣した(1)は,現地の責任者(2)と幾度か交渉した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①趙良弼 ②少弐資能

    解説

  • 31

    元寇に関する元・高麗及び朝廷の文書には(1)少弐殿,大宰府西(2)と幕府の職掌や場所が書いてある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①守護 ②守護所

    解説

  • 32

    少弐頼尚の息子(1)は大保原の戦いで戦死,同(2)は幕府方,同(3)は征西府方であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①直資(ただすけ) ②冬資 ③頼澄 (直資,冬資は直冬から一字取った)

    解説

  • 33

    1467年応仁元年,大内氏に追われ対馬に逃れていた少弐(1)が筑前に討ち入ったが(2)で敗死した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①教頼 ②水城 (応仁の乱開始の年。教頼の子が政資)

    解説

  • 34

    1469年少弐教頼の子(1)が挙兵し,対馬から(2)と共に筑前に攻め入り20年ぶりに大宰府の地を奪還した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①政資(幼名 頼忠) ②宗貞国

    解説

  • 35

    少弐頼尚の墓所は朝倉市の(1),政資の墓所は多久市の(2)にある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①南淋寺 ②専称寺

    解説

  • 36

    1333年に博多の鎮西探題を襲い(1)を自刃させたのは大友氏/(2)氏と組んだ少弐(3)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①北条英時 ②島津 ③貞経(妙恵)

    解説

  • 37

    少弐貞経は1333年鎮西探題を滅ぼした翌日後醍醐天皇の皇子(1)を原山に招き入れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①尊良親王

    解説

  • 38

    1353年の椿・忠隈合戦とは誰と誰の戦いで結末は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 足利直冬・少弐頼尚と九州探題一色道猷との合戦で負けた直冬は山口に,頼尚は太宰府に帰った。

    解説

  • 39

    宰府合戦・浦の城攻めとは誰と誰の戦いで結末はどうなった?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 椿・忠隈合戦に敗れ太宰府に帰った頼尚は追走して来た道猷に敗れ(宰府合戦),浦の城に籠もって耐えた(浦の城攻め)

    解説

  • 40

    道猷の浦の城攻めに耐えていた頼尚を助けに来たのが(1)軍で最終的には(2)合戦で道猷軍を破った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①菊池武光(征西府方) ②針摺原合戦

    解説

  • 41

    太宰府市役所北側の御所ノ内という小字の範囲は東西(1)m, 南北(2)mの長方形である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①175m ②150m

    解説

  • 42

    御所ノ内地区は(1-2)Cに少弐氏の居館(3)跡と考えられている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①ー②12〜14 ③守護所跡 (基本的に少弐氏は征西府以降太宰府には確固たる基盤が無かった)

    解説

  • 43

    政治の中心が太宰府から博多へ移った大きな出来事とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元寇

    解説

  • 44

    四王寺山南東麓にあった(1)寺の坊院であった(2)坊の一つ(3)坊が浦ノ城の推定地とされる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①原山無量寺 ②原八坊 ③浦ノ坊 (原八坊に浦の坊という坊は無かった筈だが)

    解説

  • 45

    浦ノ城は(1)時代の(2)氏に関連した城として使用されていた事は文献上確実である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①南北朝時代 ②少弐 (1336年から、南朝第4代の後亀山天皇が北朝第6代の後小松天皇に譲位するかたちで両朝が合一を見た1392年までの56年間が南北朝時代。)

    解説

  • 46

    長沼賢海は足利幕府が少弐氏の為に築いた府の公館が(1)で少弐氏の私的な館が(2)ではなかったとしている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①浦ノ城 ②内山城(有智山城)

    解説

  • 47

    武藤氏が少弐氏を定常的に名乗り出したのは誰の代から?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 少弐資能

    解説

  • 48

    (1)は二度の元寇の責任者で子の(2,3)等と戦った。その功労で戦後(4,5,6,7,8)の守護大名となり最大の基盤を作った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①少弐資能 ②③経資,景資 ④~⑤筑前,肥前,豊前,対馬,壱岐

    解説

  • 49

    資能の死後,(1-2)の兄弟間の争いが中央での争いに呼応して生じ,その間隙をぬって(3)が設置され(4)氏が影響力を増した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①②経資 景資 ③鎮西探題 ④北条氏

    解説

  • 50

    後醍醐天皇の(1)の乱に呼応して九州では少弐(2)が(3-4)等と共に(5)を滅ぼした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①元弘 ②貞経 ③④大友氏 島津氏 ⑤鎮西探題

    解説

  • 51

    少弐頼尚の子(1)は北朝方に付いたが(2)に謀殺され,もう一人の子(3)は南朝方として反今川となり活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①冬資 ②今川了俊 ③頼澄 ※長子の直資は大保原の戦いで戦死した。

    解説

  • 52

    少弐氏は九州へ進出した大内(1)を討ち取ったりしたが結局は敗れ(2)は水城で戦死したりしている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①盛見 ②教頼

    解説

  • 53

    戦国期には大内氏の侵攻は拡大し,15代少弐氏当主(1)は討たれ16代以降は拠点を(2)に移した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①政資(教頼の子) ②肥前

    解説

  • 54

    少弐氏17代当主(1)は頼っていた肥前の(2)にも攻められ名門少弐氏は滅んだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①冬尚 ②龍造寺隆信

    解説

  • 55

    少弐氏まとめ① 弘安の役で壱岐で若くして亡くなり壱岐神社の祭神となり芦部港に銅像があるのは三代(1)の長男(2)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①経資 ②資時

    解説

  • 56

    少弐氏まとめ② 元寇で活躍しその後岩門合戦で亡くなり鷹島に記念碑がある人物は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 少弐景資

    解説

  • 57

    今川了俊帰国後は後任の(1)氏の援護と称して(2)氏が進出し(3,4)氏と結んだ少弐氏と争った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①渋川 ②大内 ③④大友氏、宗氏

    解説

  • 58

    少弐氏が九州全域を対象として出した文書は(1,2)の二種類があり,従来の(3,4)と併用した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①②宰府守護所下文、宰府守護所牒 ③④大宰府政所下文、大宰府政所牒

    解説

  • 59

    鎌倉幕府の最初の九州統括出先機関として(1)年に(2)が設置されその後1196年には(3)が就任した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1185年 ②鎮西奉行 ③武藤資頼

    解説

  • 60

    鎮西探題は(1)年に(2,3,4)の連合軍に攻められ(5)は自刃し滅んだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1333年 ②③④大友,島津,少弐 ⑤北条英時

    解説

  • 61

    尊氏の庶子(1)は尊氏の弟(2)の養子となり,九州に入ってからは少弐(3)の娘婿となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①直冬 ②直義 ③頼尚

    解説

  • 62

    頼尚の娘婿(1)の一字を貰い,長男は(2),次男は(3)と名乗った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①直冬 ②直資 ③冬資

    解説

  • 63

    直資は(1)で戦死,冬資は(2)により(3)で謀殺された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大保原の戦い ②今川了俊 ③菊池市水島

    解説

  • 64

    1469年少弐(1)は(2)と共に対馬から筑前に討入り約二十年振りに太宰府を奪還した。当時の事を詳しく記したのが(3)。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①政資 ②宗貞国 ③海東諸国紀(申叔舟):海東諸国全図 西海道九州図 壱岐島図 対馬島図 琉球国図 朝鮮三浦(薺浦 富山浦塩浦)図などの地図が冒頭に掲げられている。本文は「日本国紀」「琉球国紀」「朝聘応接紀」に分かれ夫々の歴史 地理 支配者 言語などを詳細に記す。また当時朝鮮を訪れていた日本の地方支配者(大名)使節の接遇方法も詳細に記されている。日本史、琉球史の重要資料であるだけでなく、日本語史、琉球語史でも見逃せない資料を提供している。

    解説

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