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保育士 社会福祉

カード 23枚 作成者: swanswaan (作成日: 2016/04/17)

  • 日本国憲法第25条の1

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教材の説明:

社会福祉

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  • カード表 : 日本語
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  • 1

    日本国憲法第25条の1

    補足(例文と訳など)

    • 最判昭42.5.24「 憲法25条1項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを 国の責務として宣言したにとどまるのであって、具体的権利を付与したものではない。 具体的権利は、生活保護法によってはじめて与えられている。 」

    答え

    • 1 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

    解説

    【朝日訴訟】 岡山県の療養所に重症の結核患者として入院していた朝日茂さん(当時44)が1957年、生活保護費が少なすぎて必要な栄養すらとれず「健康で文化的な最低限度の生活を営む」には不十分だとして、国に改善を求めて起こした行政訴訟。60年の東京地裁判決は全面勝訴したが、3年後の控訴審では敗訴。上告後、朝日さんが亡くなる直前、支援者の健二さん夫妻が養子になり、訴訟を引き継いだが、最高裁は継承を認めず67年に上告を退けた。一連の訴訟は大きな社会的関心を呼び、「人間裁判」と称された。その後の日本の社会保障制度のあり方にも多大な影響を与えた。 【堀木訴訟】 1970年(昭和45)堀木文子が,障害福祉年金と児童扶養手当の併給禁止は憲法二五条の生存権の保障および一四条の平等保障原則に違憲するとして提訴した事件。73年,児童扶養手当法の改正により,併給は認められた。

  • 2

    日本国憲法第25条第2項

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

    解説

  • 3

    慈善事業

    補足(例文と訳など)

    • 宗教的・道徳的動機に基づいて,保護者のいない児童・病人・老弱者・貧民などの救済のために行われる社会事業。国家による福祉事業と違い,民間により行われるものをいう。

    答え

    • 宗教的・道徳的動機に基づいて,民間により行われるものをいう。

    解説

  • 4

    感化救済事業

    補足(例文と訳など)

    • 「社会福祉は大きく、慈善事業、感化救済事業、社会事業、社会福祉事業などの段階を経て発展してきたが、感化救済事業期の特徴は、貧困や失業などの社会福祉問題を社会的問題と捉えずに、個人の生活態度や性格的な問題と捉えるところにある。したがって、その対応には、道徳や教育的な視点が導入されることが多い。感化とは、ものの考え方や生き方などに影響を与えて、自然にそれを変化させること。わが国では、1900年に感化法が制定され、感化院(児童自立支援施設の前身)が設置された。また、1908年には、内務省が感化救済事業講習会を開催し、それを機に中央慈善協会(全国社会福祉協議会の前身の一つ)が設立された。1910年代後半までこの言葉は使用され、その後社会事業という言葉が広まった」 感化救済事業の主旨は、天皇の慈恵を地域社会での共同のあり方が依拠すべき模範としつつ、国民が共同で社会防衛に努め、国家利益に叶うように自営の道を講ずることとなる。感化救済事業を提唱することによって、救済事業が従来の「一部の救恤問題」という理解から「自営の方法」すなわち防貧へと、その範囲が拡大されて把握されるようになったといえよう。それは、恩賜としての窮民救済を受ける民であることから、地域社会の構成員として、恩賜を受けず、国家に負担をかけない「良民」すなわち一般勤労国民となることを積極的に奨励していく方向を目指すものといえる。この自営の道を講ずることが、地方の隣保相扶の堅持・強化の要請となり、さらには、地方の再編という課題に結びつくのである」(池本[1999:23])

    答え

    • 貧困や失業などの社会福祉問題を社会的問題と捉えずに、個人の問題と。天皇の慈恵と自営の道。

    解説

  • 5

    厚生事業

    補足(例文と訳など)

    • 「日中戦争から太平洋戦争中に用いられた社会事業の通称であり、「戦時厚生事業」ともよばれた。戦争の長期化、激化に伴い兵力および労働力の増強が急務となった。軍部の要望を背景に1938年(昭和13)1月には厚生省が創設され、国内政策は国家総動員法(1938年法律第55号)に基づく人口の増強と資質向上を図る政策が多様に展開された。この時期、従来の社会事業の名称は、社会主義を連想させるとともに、救済的色彩が濃く、内容も狭すぎるとして一般的に排除され、厚生事業を用いるようになった。しかし、1938年4月には社会事業法が制定(法律第59号)されるなど、公的には社会事業の名称が用いられていた」

    答え

    • 「戦時厚生事業」ともよばれた。1938年(昭和13)1月には厚生省が創設。従来の社会事業の名称は、社会主義を連想させると。

    解説

  • 6

    社会事業

    補足(例文と訳など)

    • 「慈善事業」から「社会事業」へ 「その歴史的先行形態は、慈善事業、感化救済事業である。感化救済事業は、明治末期から大正初期にかけて使用された用語で、当時必要性の高まった感化事業と、従来の慈善事業では対処できない社会問題の発生に対する救済事業を結合したものである。しかし、資本主義経済がより一層発達したことに伴って、社会の広い範囲に貧困層が出現し感化救済事業では対応しきれなくなった。大正デモクラシーや米騒動を背景とする社会情勢のなかで、社会事業行政機構の整備など、組織的・財政的に社会が基礎づけを積極的に行う新しい制度が必要とされ、それが社会事業と呼ばれた」

    答え

    • 資本主義経済が発達、貧困層が出現し感化救済事業では対応しきれなくなった。組織的・財政的に社会が基礎づけを積極的に行う新しい制度が必要とされ、それが社会事業と呼ばれた

    解説

  • 7

    社会福祉協議会

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 民間の社会福祉活動を推進することを目的とした営利を目的としない民間組織です。昭和26年(1951年)に制定された社会福祉事業法(現在の「社会福祉法」)に基づき、設置されています。

    解説

  • 8

     憲法第11条

    補足(例文と訳など)

    • 基本的人権は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」で、「過去幾多の試練に堪えた」ものであるとしています(97条)。これは、フランス革命などの市民革命を出発点とし、その後の専制支配、軍国主義、ファシズムなどへの抵抗の闘いを指しています。またわが国では自由民権運動や大正デモクラシー、戦前の治安維持法下での進歩的な人々の闘いも当然含まれるべきです。憲法は、これらの人権獲得のための人類の長い間の闘いを評価し、「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」と宣言するとともに(11条)、その保持は現在及び将来の国民に「信託」されたものであり、「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とするのです(12条)。

    答え

    • 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

    解説

  • 9

    日本国憲法第13条

    補足(例文と訳など)

    • 日本国憲法第3章「国民の権利及び義務」の条文の一。個人の尊重と幸福追求権について規定する。

    答え

    • すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

    解説

  • 10

    基本的人権

    補足(例文と訳など)

    • 人権思想は自然法思想に発し,まず,(1) 自由権的基本権 (思想,良心,学問,表現の自由など) を確立し,(2) 政治的基本権 (選挙権,請願権など) を保障し,拡充し,次いで (3) 社会経済的基本権 (生存権的勤労権,団結権など) という考え方が生じた。

    答え

    • 人が生れながらにして,単に人間であるということに基づいて享有する普遍的権利をいう。

    解説

  • 11

    バリアフリー【barrier free】

    補足(例文と訳など)

    • 当初は,道路や建物の段差や仕切りをなくすことをいったが,現在では,社会制度,人々の意識,情報の提供などに生じるさまざまな障壁をふくめて,それらを取り除くことをいう。

    答え

    • 高齢者や障害者が社会生活を送るうえで,障壁となるものを取り除くこと。

    解説

  • 12

    ノーマラーゼーションの生みの父とその考えは

    補足(例文と訳など)

    •  北欧で生まれたノーマライゼーションの思想は、ケネディ大統領時代のアメリカに影響を与えました。1962年、ケネディは知的障害に関する諮問委員会を発足させ、委員たちはデンマークを訪ねてバンクミケルセンと会い、交流が始まりました。65年にはケネディ一族の一員で知的障害をもつ子の母であるユーニス・シュライバーが彼に会い、ノーマライゼーション思想に深く感銘します。そして68年、バンクミケルセンはケネディ国際賞を受けることになりました。その前年の67年に彼がカリフォルニア州の州知事自慢の施設を訪ねたとき、こんな「事件」が起こりました。視察の翌日、新聞記者からインタビューを受けた彼は、はじめは穏やかに話していましたが、やがて怒りをこめて、こう話しました。 「私が見たのは、子どもとおとなが一緒につめこまれ、疎外され、むき出しのコンクリートの床に50人の女性が寝起きしている姿でした。トイレには扉さえない。適切な教育もされていない。デンマークでは家畜でもこのように取り扱いません」 「このようなことを許しておくのは政治家の責任ではないでしょうか。政治家は自分や自分の子どもがこのようなところで暮らす立場になったらどのように思うかを考えてみるべきではないでしょうか」当時のロナルド・レーガン州知事の次のような談話が載っています。 「デンマークの行政官がそのような発言をするとは、自身の立場を見失ったものだ」  けれど結局、州知事は実態調査の委員会を発足させることになりました。調査結果はバンクミケルセンの発言が正しいことを裏付けました。  レーガン州知事は非を認め、施設改革に着手しました。

    答え

    • デンマークのニルス・エリック・バンクミケルセン。

    解説

    「日本の人々へのメッセージを求めました。少し考えてから次のような言葉が返ってきました。 「ハンディキャップを負った人々のために、政治家や行政官、まわりの人々が何かをしようとするとき一番大切なのは、自分自身がそのような状態に置かれたとき、どう感じ、何をしたいか、それを真剣に考えることでしょう。そうすれば、答えは自ずから導きだせるはずです」 当時、デンマークには大型の施設が10カ所ほどありました。郊外に建てられており、1カ所に数100人が暮らしていました。諸外国の施設に比べれば人道的とされ、海外からの見学者も絶えませんでした。しかし、彼は「なにかおかしい」と感じるようになってゆきました。  暴行や虐待があったわけではありません。ただ、毎日が実に単調で、施設の外のふつうの生活と違うのです。  集団で食事をし、集団で作業をし、集団で寝る。朝から晩まで同じ顔ぶれ、自由に外に出られない……。 「私が拘束されていたナチの強制収容所に雰囲気が似ていました」http://www.yuki-enishi.com/challenger-f/challenger-f02.html

  • 13

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の1は

    補足(例文と訳など)

    • 朝ベッドから起きること たとえ重い知的障害があり、身体障害者であっても、洋服を着て、家から出て、学校、もしくは勤めに行く…ずっと家にいるだけではない 朝、これからの一日を思い。夕方、自分のやり遂げたことをふりかえる。 一日は単調な24時間ではない 君はあたりまえの時間に食べ、普通の洋服を着る。子供ではないなら、スプーンだけで食べたりはしない。ベッドではなく、ちゃんとテーブルについて食べる。職員の都合で、明るいうちから夕食をしたりはしない。

    答え

    • 一日の普通のリズム

    解説

  • 14

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の2は

    補足(例文と訳など)

    • 自分の住まいから仕事場に行き働く。そして,別の所に遊びに行く。週末には楽しい集いがある。そして月曜日にはまた学校や職場に行く。

    答え

    • 一週間の普通のリズム

    解説

  • 15

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の3

    補足(例文と訳など)

    • 決まりきった毎日に変化をつける長い休みもある。季節によってさまざまな食事、仕事、行事、スポーツ、余暇の活動が楽しめる。季節の変化のなかで、豊かに育てられる。

    答え

    • 一年の普通のリズム

    解説

  • 16

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の4

    補足(例文と訳など)

    • 子供の頃は夏のキャンプに行く。青年期にはおしゃれや、髪型、音楽、異性の友達に興味を持つ。大人になると、人生は仕事や責任が発生する。老年期は思い出と、経験から生まれた知恵にあふれる

    答え

    • ライフスタイル…あたりまえの成長の過程をふむ

    解説

  • 17

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の5

    補足(例文と訳など)

    • 大人であれば、望むところに住み、自ら適した仕事を自分で決める。家ばかりいないで、友達と遊びに行ったりする。

    答え

    • 自己決定…自由と希望を持つ。周囲もそれを認め、尊重する。

    解説

  • 18

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の6

    補足(例文と訳など)

    • 子供も大人も、異性との良い関係を築く。十代になると、異性との交際に興味を持ち、大人になると,恋に落ち,結婚しようと思う

    答え

    • 男性,女性どちらもいる世界に住むこと

    解説

  • 19

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の7

    補足(例文と訳など)

    • 誰もが、基本的な公的財政援助を受けられ,そのための責任をまっとうする。児童手当、老齢年金、最低賃金基準法のような保障を受け、経済的安定をはかる自分で自由に使えるお金があって、必要なものや欲しいものが買える。

    答え

    • 公平な賃金の保障…平均的経済水準を保証されること

    解説

  • 20

    ニィリエのノーマライゼーション8つの原則の8

    補足(例文と訳など)

    • 知的障害だからといって,大規模な施設に住むことはない。それは社会から孤立してしまうことにもなる。普通の場所で、普通の大きさの家に住めば、地域の人達の中にうまくとけ込めるようになる。

    答え

    • 普通の地域の普通の家に住むこと

    解説

  • 21

    ノーマライゼーションの育ての親は?

    補足(例文と訳など)

    • ノーマライゼーションの原理を「社会の主流となっている規範や形態にできるだけ近い,日常生活の条件を知的障害者が得られるようにすること(1969年)」と定義

    答え

    • スウェーデンのノーマライゼーションの運動に携わってきた「ベンクト・ニィリエ(Bengt Nirje)」

    解説

    ノーマライゼーションの国際的な取り組みを紹介します。1971年に「知的障害者の権利宣言」が国連で採択されます。さらに1975年には,対象を障害者全般にも拡大した「障害者の権利宣言」が採択されました。1981年には,ノーマライゼーションの実現のために「完全参加と平等」をテーマに国連で「国際障害者年」が定められました。ちなみに日本で「ノーマライゼーション」が広く紹介されていくのは,この「国際障害者年」の頃です。「完全参加と平等」を具体化するため,翌年1982年には「障害者に関する世界行動計画」が採択されます。1990年にはアメリカにて世界初の障害者差別禁止法「ADA法(Americans with Disabilities Act:障害をもつアメリカ人法)」が公布されます。これは,障害者の社会参加促進の具体的内容を行政,民間に約束したものです。1993年には国連で「障害者の機会均等化のための標準規則」が採択されます。「機会均等化」とは,「社会の仕組みと,サービスや活動,情報,文書といった環境を,全員に,特に障害を持つ人に利用できるようにする過程」と同規則に記されています。これは,機会の平等化や社会参加の促進を目指した環境整備を指す言葉で,ノーマライゼーションに近い言葉といってよいでしょう。最近の出来事では,2006年12月に国連で「障害者権利条約」が採択されました。従来の「障害者の権利宣言」などは,法的な拘束力がないのに対して,「条約」を批准した場合は,法律並みの拘束力を持つことになります。

  • 22

    ノーマライゼーションの育ての親、その考えは?

    補足(例文と訳など)

    • スウェーデンのノーマライゼーションの運動に携わってきた「ベンクト・ニィリエ(Bengt Nirje)」

    答え

    • 「社会の主流となっている規範や形態にできるだけ近い,日常生活の条件を知的障害者が得られるようにすること(1969年)」と定義

    解説

  • 23

    ノーマラーゼーションの生みの父の考えは?

    補足(例文と訳など)

    • 「ノーマリセーリングはハンディキャップを負った人々を"ノーマルな人"にすることを意味しているのではありません。その人たちを丸ごと受け入れて、"ふつうの生活条件"提供することです。こどもたちはできるだけ親と暮らせるように、成人したら親と独立して暮らせるように」 「その住まいは、"ふつう"の家庭と同じような大きさで、まちの中につくられなければなりません。寝室は大部屋でなく個室に。食事は大食堂でなく、小人数で。つまり、"ふつうの"家庭のように」 「日々の生活のリズム、仕事や余暇や男女交際の条件もできるだけ"ふつうの"人に近づけるように」

    答え

    • 知的なハンディキャップを負っていても、その人は人格をもち、みんなと同じような生活をする『権利』をもっている。この人々のためにできうる限り、ふつうの生活条件を創造する『責任』が社会にはある

    解説

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