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8.太宰府:戒壇院関連

カード 36枚 作成者: enchan (作成日: 2014/03/11)

  • 現在の戒壇院の建物の構造は(1)造り,(2)瓦葺き,方(3)間で正面に1間の(4)がついている。上層は(5)間である。

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  • 1

    現在の戒壇院の建物の構造は(1)造り,(2)瓦葺き,方(3)間で正面に1間の(4)がついている。上層は(5)間である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①重層入母屋造 ②本 ③五間 ④向拝 ⑤三

    解説

  • 2

    重層とは(1)が二重になっていて夫々別々の(2)が建っている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①屋根 ②柱

    解説

  • 3

    入母屋造の屋根は上部においては(1)造り,下部においては(2)造りとなる構造をもつ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①切妻造(長辺側から見て前後2方向に勾配をもつ) ②寄棟(前後左右四方向へ勾配をもつ)

    解説

  • 4

    本瓦とは(1)と(2)を交互に葺いたもの。現在の一般的な屋根は(1)と(2)を合わせて一枚なって葺いた(3)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①②平瓦 丸瓦 ③棧瓦

    解説

  • 5

    堂の本体は柱が(1)本つまり(2)間の正方形。堂の中は1間四方の(3)がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①6 ②5 ③身舎(もや)

    解説

  • 6

    戒壇院による授戒は(1)世紀まで行われ,(2)に渡る僧の(3)の役割をしていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①16 ②中国 ③身分証明書

    解説

  • 7

    戦国時代に焼失し江戸時代に再建したのは黒田藩士(1)と豪商(2)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鎌田昌勝 ②天王寺屋浦了無

    解説

  • 8

    本堂の戒壇は高さ(1)cm,周りには(2)付きの(3)が巡り,下には(4,5,6)の土が納められている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①50 ②擬宝珠 ③勾欄 ④⑤⑥インド・中国・奈良

    解説

  • 9

    本堂には国重文(1)と市重文(2,3)が安置されている。(1)が戒壇院の(4)で,像高148.5cm(5)材の寄木造で(6)末期の作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①毘盧舎那仏 ②③弥勒菩薩・文殊菩薩 ④本尊 ⑤檜 ⑥平安時代

    解説

  • 10

    毘盧舎那仏は太陽の光り輝くごとく全宇宙を支配するという。これを何と言う?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 光明遍照

    解説

  • 11

    毘盧舎那仏に向かって左手が(1)像で右手に(2)を持ち(3)を授ける。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①弥勒菩薩 ②五重塔 ③戒律(この戒律は250もある)

    解説

  • 12

    毘盧舎那に向かって右手の(1)像は左手に(2)を持ち,(3)を授ける。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①文殊菩薩 ②経巻 ③知恵(智慧)

    解説

  • 13

    弥勒,文殊両躰とも京都で仏師(1)に注文され,(2)年に福岡の仏師が仕上げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①照暁 ②1700年 1700年は五代将軍綱吉の元禄十三年に当たる。十五年には赤穂浪士の討ち入りがあった。

    解説

  • 14

    後塀と前壇の柱に夫々一対の(1)が記された細長い板の(2)掛かっているが,後者の(2)は1835年に八百屋惣右衛門という人物が(3)和尚の書を自ら彫って納めたものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①漢文 ②聯 ③仙厓

    解説

  • 15

    門柱にある折れた石碑には何と書いてある?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 不許葷酒肉入境内

    解説

  • 16

    本堂の三像の他の仏像は何がある(四体)?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 木造鑑真和上坐像,木造弘法大師像,賓頭盧尊者像,木造観音菩薩坐像

    解説

  • 17

    本堂西側にある五輪の塔は(1)の供養塔で(2)の陰刻がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鑑真和上 ②開山大唐国

    解説

  • 18

    鐘楼にぶら下がっているのが(1)で法要などを知らせる鐘は(2)と言う。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①梵鐘 ②半鐘

    解説

  • 19

    戒壇院には梵鐘と半鐘があるが双方とも(1)指定有形文化財(工芸)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①福岡県

    解説

  • 20

    鋳造されたのは半鐘が1684年,梵鐘が1701年で鋳物師は両方とも(1)である。梵鐘製造を依頼したのは住持の(2)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①磯野正慶(まさよし) ②運照 磯野氏は島原の乱(1637~38)で福岡藩の大砲の玉を鋳造して以来、藩との結びつきを強め、後に福岡藩内で使用する鋤(すき)や鍬(くわ)などの農具の生産を一手に行ったことで知られている。

    解説

  • 21

    半鐘・梵鐘ともに(1)式で竜頭が(2)頭である事と鐘身に縦横の(3)がない。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①朝鮮 ②一 ③帯

    解説

  • 22

    「戒壇院」額は中国(1)宗の(2)が書いたもの。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①黄檗 ②木庵 黄檗宗(おうばくしゅう)は日本の三禅宗のうち,江戸時代に始まった一宗派(三禅宗は他に臨済宗,曹洞宗)。唐の僧・黄檗希運(? - 850年)の名に由来する。黄檗は臨済義玄(?-867年)の師である。臨済宗、曹洞宗が日本風に姿を変えた現在でも、黄檗宗は明朝風様式を伝えている。 本山は隠元隆琦(1592 - 1673年)の開いた、京都府宇治市の黄檗山(おうばくさん)萬福寺である。

    解説

  • 23

    食事などを知らせる(1)を造った工人は(2)で先祖は(3)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①雲版 ②柴藤寛茂 ③柴田勝家

    解説

  • 24

    五輪の塔は鑑真の供養塔であるが石造五重塔は誰の供養塔であるか?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 豪商天王寺屋浦了無

    解説

  • 25

    五重塔の塔身から(1)と文書が発見され,(1)は鑑真に因んで(2)と言われている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①仏舎利 ②招提舎利 発見されたのは鑑真の五輪の塔ではなく,浦了無の五重の塔で間違いない?

    解説

  • 26

    梵鐘を吊り下げている鐘楼は(1)の有形文化財に指定されているが正式登録名は(2)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①福岡県 ②戒壇院鐘楼一棟附棟札二枚・祈祷札一枚

    解説

  • 27

    鐘楼は1704年に(1)積の高い基壇の上に建てられた。屋根は(2)造で瓦は(3)葺である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①乱石積(みだれいしづみ) ②入母屋造 ③本瓦葺

    解説

  • 28

    縁は擬宝珠の親柱を使用せず(1)という手すりで,下部は(2)という台形状の腰板。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①跳ね勾欄 ②袴腰 欄は木で作った枠組みなどで欄間が使用例。蘭は目出度い,顕彰したりする時使用。名前にも使用-玉蘭,森蘭丸など。

    解説

  • 29

    元禄期の戒壇院復興の立役者は住持の誰?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 運照

    解説

  • 30

    江戸時代の再興時の(1)年に藩命で観世音寺から離れ,最終的には明治に博多(2)寺(3)派となった

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1703年 ②聖福寺 ③妙心寺派

    解説

  • 31

    戒壇院は(1)派(2)寺の末寺であるが,(1)の総本山(3)は臨済宗6,000寺の内3,500寺の中心で(4)御所と言われている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①臨済宗妙心寺派 ②聖福寺 ③妙心寺 ④西

    解説

  • 32

    江戸時代,戒壇院楼門を再築した人は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 恵灯(惠灯照代という押印平瓦が出土した。元禄14年の事であり、運照との関わりは不明。運照は元禄5年1692ー正徳5年1711)

    解説

  • 33

    授戒した証明書は(1)と呼ばれ,現在残っている三種類の内一番古いのは(2)年のものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①戒牒 ②1554年

    解説

  • 34

    鑑真和上坐像は,住持(1)と京仏師(2)との連携のもと(3)年に完成したと言われる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①運照 ②照暁 ③1705年

    解説

  • 35

    905年の資料や古絵図では創建時は東西に細長い正堂,礼堂があり,1148年の記録では5間。現在の(1)様建物は(2)年に再建。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①禅宗 ②1680年 1148年は日吉神社創建と言われている年。

    解説

  • 36

    僧尼が守るべき規範を(1)と言い,それを与える事を(2),受ける事を(3)と言う。(2)の際渡されるものが(4)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①戒律 ②授戒 ③受戒 ④戒牒

    解説

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