zuknow learn together

新しい教材を作成

6.太宰府:観世音寺及び周辺(1)

カード 100枚 作成者: enchan (作成日: 2014/03/08)

  • 観世音寺の正式寺号は?

解説面  クリックしてカードを裏返す

アプリをダウンロードして、このコンテンツを学習しよう! AppStore / Google Play

教材の説明:

詳細はありません

公開範囲:

公開

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

    観世音寺の正式寺号は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 清水山普門院

    解説

  • 2

    観世音寺は源氏物語のどの帖の舞台となっているか?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 玉鬘22巻 (一般的には玉鬘であるが,能の演目では玉葛)

    解説

  • 3

    観世音寺は(1)年天智天皇が発願し(2)に落慶供養。その間(3)天皇の造寺催促で(4)が派遣された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①661 ②746 ③元明天皇 ④沙弥満誓

    解説

  • 4

    (1)伽藍の大寺院で方(2)の規模。瓦は(3)京をモデルにした(4)式瓦であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①七堂 ②方三町(324m四方) ③藤原京 ④老司

    解説

  • 5

    観世音寺の発掘は過去の資料を参考にした。主なもの二つとは?制作年代も。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 延喜五年905年観世音寺資材帳と1526年の観世音寺伽藍絵図 (905年は,醍醐天皇が紀貫之等に編纂を命じた最初の勅撰和歌集である古今和歌集が誕生した年でもある)

    解説

  • 6

    資材帳に金堂主尊として書かれていたのは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 阿弥陀丈六仏像一躯銅鋳

    解説

  • 7

    観世音寺の経済的基盤は(1)と称する所領。686年に造営のため封土したのは(2)戸。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①四封四荘(しふうしそう) ②二百 686年は,天武天皇が没した年。また,川原寺から観世音寺に伎楽面が運ばれた年でもある。

    解説

  • 8

    観世音寺の経済的基盤は封土(家)と荘園,それに直営の何?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 寺田

    解説

  • 9

    府の「大寺」という呼び名の由来は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 観世音寺から出土した刻書土器に「大寺」と刻してあった。

    解説

  • 10

    観世音寺創建の8C中頃は他の建物二件とセットであった。主導した人物とその建物は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 持統天皇とそのブレーンの粟田真人(?〜719) セットは第Ⅱ期政庁と鴻臚館(名前は鴻臚館ではなく筑紫大郡or筑紫館)

    解説

  • 11

    観世音寺では飛鳥〜奈良時代,仏教行事の他に外国使節をもてなす際(1)が行われ,平安時代の(2)面が残存している。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①伎楽 ②舞楽(伎楽面は残っておらず,平安時代の舞楽に使用された舞楽面が残っている)

    解説

  • 12

    観世音寺にある二つの舞楽面は何と何か?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 陵王面と納曽利面

    解説

  • 13

    観世音寺の国指定史跡は何時?その後何時,何が加えられ正式名は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 1970年(昭和45) 平成22年に 老司瓦窯跡追加 観世音寺境内及び子院跡附老司瓦窯跡

    解説

  • 14

    観世音寺が完成した時の別当は誰?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 玄昉

    解説

  • 15

    玄昉は18年間(1)で(2)を学び玄宗皇帝より(3)に叙せられた。奇妙な死に方で首は(4)まで飛んで行った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①唐 ②法相宗 ③三品 ④興福寺

    解説

  • 16

    境内の石臼(1)の別名は(2)と言われる。610年推古天皇18年に僧(3)が作った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①碾磑 ②天平の石臼 ③曇徴 曇徴は7世紀に高句麗から渡来した僧である。 日本書紀「十八年春三月,高麗王貢上僧曇徴・法定。曇徴知五經。且能作彩色及紙墨,并造碾磑。蓋造碾磑、始于是時歟」(現代語訳 : 推古天皇十八年春三月に高麗王は僧の曇徴と法定を貢いだ。曇徴は五経に通じていた)

    解説

  • 17

    国重文;青磁三足壺は青銅器の(1)を真似て作られた中国(2)窯産である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鍑 ②浙江省越州窯 鍑(ふく) 中国古代の容器の一。首がくびれ腹が張り出し,底が丸い釜形をなす。戦国時代は陶製,漢代には多く青銅製。

    解説

  • 18

    青磁三足壺は通古賀で発見され近くに唐の陶枕が出た何遺跡がある?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 市の上遺跡 太宰府の文化財13参照

    解説

  • 19

    塔の心柱を支える(1)と(2,3)の礎石が残っている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①心礎 ②③四天柱(してんばしら)、側柱(かわばしら) 他に,地覆石もある

    解説

  • 20

    唐三彩が観世音寺で発見されたという事は何を意味している?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 中国の様に明器として使われたのではなく祭事用であった。 ※明器とは中国で死者とともに墓に納めた器物。死後の世界で用いるため日用の器物を木や泥・陶磁などで模したもの。漢代から唐代にかけて盛行。

    解説

  • 21

    観世音寺寺号碑は福島県(1)寺の(2)が揮毫し,石工は(3)である。また揮毫された文字は(4)という書法で石碑の建立は(5)年である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①妙林寺 ②張堂大龍 ③関要次郎 ④入木道 ⑤T3 (T3は太宰府碑と同じ) 入木道とは中国晋の書家王羲之が書いた文字は筆勢が強く,書かれた板の三分の深さにまで墨が入り込んでいたという故事から「にゅう(じゅ)ぼくどう」という。

    解説

  • 22

    張堂大龍には(1)の師であった(2)も師事していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①冨永朝堂 ②山崎朝雲

    解説

  • 23

    宝蔵の仏像入り口から順に三体までは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①木造地蔵菩薩立像 ②兜跋毘沙門天立像 ③木造地蔵菩薩半跏像

    解説

  • 24

    宝蔵の仏像,順に4〜6番目までは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ④木造十一面観音菩薩立像 ⑤木造聖観音菩薩坐像 ⑥木造十一面観音菩薩立像

    解説

  • 25

    7〜9番は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 7.木造馬頭観音菩薩立像 8.不空羂索観音菩薩立像 9.木造阿弥陀如来坐像

    解説

  • 26

    10〜12番目は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 10.木造四天王立像 11.大黒天 12.木造十一面観音立像(新十一)

    解説

  • 27

    13番目は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 13.木造吉祥天立像

    解説

  • 28

    木造地蔵菩薩立像は右手に(1)を持たず(2)を示している。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①錫杖 ②与願印

    解説

  • 29

    木造地蔵菩薩も兜跋毘沙門天も(1)の一本作りで夫々(2)期,(3)期の作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①樟 ②平安後期 ③平安初期

    解説

  • 30

    兜跋毘沙門天は(1)の両手に支えられ(2,3)の二鬼が従う珍しい姿でこれを兜跋毘沙門天と言う。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①地天 ②③尼藍婆・毘藍婆

    解説

  • 31

    地蔵菩薩半跏像は右手に(1)左手に(2)を持ち,別名(3)と呼ばれた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①錫杖 ②宝珠 ③延命地蔵 西洋宝珠と区別し如意宝珠(チンターマニ) と言い仏教において霊験を表す宝の珠のこと。サンスクリット語でチンターとは「思考」,マニは「珠」を指す言葉で,「意のままに願いをかなえる宝」と解釈できる。如意宝、如意珠、または宝珠(ほうじゅ、ほうしゅ)と呼ばれる。

    解説

  • 32

    4番目の十一面観音立像は3体の十一面の中で最も(1)。(2)材で作られ他からの(3)であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①小さい ②檜 ③客仏

    解説

  • 33

    聖観音は(1)年に(2)材で造られた(3)風の作である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1066年 ②樟 ③定朝 同年は後冷泉天皇の治世下で母は道長,皇后は頼通の娘。しかし子に恵まれず次は外戚関係のない後三條天皇となった。

    解説

  • 34

    聖観音は仏教における最も尊い座り方をしている。それは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 結跏趺坐(けっかふざ) 趺は足の甲、結は交差、跏は反対の太ももに乗せること。

    解説

  • 35

    聖観音は1064年の大火で傷付いた(1)に代わって(2)堂の(3)となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①不空羂索観音 ②講堂 ③中尊

    解説

  • 36

    6番目の十一面観音は(1)材作りで体内から(2)が出て,(3)年の作で製作者は(4)であることが分かった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①檜 ②墨書銘文 ③1069年 ④甲斐講師暹明 1069年から藤原一門とは縁戚のない後三條天皇の時代に突入。その後白河、堀河、鳥羽天皇と続き武士の台頭となる。そんな時代。太宰府1019,1023,1047,1064,1095,1101,1117,1166年と激動期に入った。

    解説

  • 37

    十一面観音立像は江戸時代,商人(1)によって修理に出された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 博多商人浦了無

    解説

  • 38

    馬頭観音立像は(1)材による(2)造である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①檜 ②寄木造

    解説

  • 39

    六観音とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 地獄道に聖観音、餓鬼道に千手、畜生道に馬頭、修羅道に十一面、人間道に不空羂索、天道に如意輪

    解説

  • 40

    不空羂索観音は中から出てきた(1)や経典により,創建は(2)時代で大仏師(3)等が制作,再建は(4)時代という事が分かる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①心木 ②奈良 ③林厳 ④鎌倉

    解説

  • 41

    不空羂索観音は,創建時は(1)作りで,再建の際(2)材の木造となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①塑像 ②樟

    解説

  • 42

    不空羂索観音は三つの目と八本の腕を持つ。何と言うか?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 三目八臂(さんもくはっぴ)

    解説

  • 43

    不空羂索観音は宝蔵の仏像の中で最も(1),体内からの銘に(2)寺の名があった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大きく(高く) ②清水寺

    解説

  • 44

    木造阿弥陀如来坐像は(1)の(2)造りで,創建時は(3)に安置されていたが,(4)に移された。何故か(5)?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①樟 ②寄木造り ③講堂 ④金堂 ⑤金堂にあった丈六の銅像を島津兵が鋳潰して刀の鍔にした為

    解説

  • 45

    木造四天王立像は全て(1)材による(2)造である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①樟 ②一木

    解説

  • 46

    大黒天は(1)材の(2)造で元々(3)に安置されていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①樟 ②一本 ③食堂

    解説

  • 47

    12番目の十一面観音は,別名(1)と呼ばれるほどに一番新しく,(2)年に作られた(3)材の(4)造りの仏像である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①新十一 ②1242 ③檜 ④寄木

    解説

  • 48

    吉祥天は(1)の(2)造りで(3)mを超えるのは全国的に類を見ない。体内の銘から(4)年運照により修理された事がわかる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①樟 ②寄木 ③2 ④1696元禄9

    解説

  • 49

    現在,観世音寺の講堂の本尊は(1)で,別名(2)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①木造観音菩薩立像 ②杵島観音・聖観音

    解説

  • 50

    結局,檜で作られた4躯は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 馬頭観音菩薩立像と三躯の十一面観音

    解説

  • 51

    平安期に作られたのは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 二つの地蔵菩薩,兜跋毘沙門天,聖観音坐(立)像,十一面観音二躰,馬頭観音,阿弥陀如来,四天王,吉祥天,大黒天(不空羂索,新十一面以外)

    解説

  • 52

    草創期の金堂の仏像配置は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 阿弥陀如来坐像を中心に四天王、大黒天、地蔵菩薩があった。

    解説

  • 53

    宝蔵へ移転前の講堂の仏像配置は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 正面に聖観音坐像、左右に不空羂索観音と十一面観音立像二躯や馬頭観音が立ち並んでいた

    解説

  • 54

    伎楽は(1)伝来の(2)で日本では(3〜4)時代に外国使節(5)の為演じられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①中国 ②仮面音楽劇 ③④飛鳥〜奈良 ⑤饗讌

    解説

  • 55

    伎楽は(1)時代には衰え,(2)が主流となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①平安 ②舞楽

    解説

  • 56

    (1)面は頭上に龍が跨り,(2)は舞楽の中で一般的なものであった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①陵王 ②納曽利

    解説

  • 57

    観世音寺には陵王面(1)面と納曽利(2)面が残っている。元々は(3)神社神宝だった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①一 ②二 ③日吉神社

    解説

  • 58

    観世音寺で伎楽が行われている様子を描いた図は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 西都政庁の図

    解説

  • 59

    観世音寺の重文;銅製天蓋光心とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 仏様用の飾り屋根で玉や金銀の飾り物が下がっている。その天蓋の中心部分光心が残っている(国博へ寄託中)。

    解説

  • 60

    清水記碑は(1)年に(2)が大宰権帥(3)依頼したもの。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1776 ②加藤一純 ③滋野井公麗

    解説

  • 61

    重文石像宋風獅子は(1)形で(2)の姿。(3)に偏在している。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①阿吽 ②子持・玉取 ③北部九州

    解説

  • 62

    梵字とは? 種字とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 梵字は古代インド文語サンスクリット語の事。種字は密教で仏・菩薩を標示の梵字の事。

    解説

  • 63

    キリークとは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 阿弥陀如来の事

    解説

  • 64

    五輪塔は下から順にどのような形となっている?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 方形・球形・三角形・半球形・宝珠形

    解説

  • 65

    方形から宝珠形に対応する五大の夫々の元は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 地・水・火・風・空

    解説

  • 66

    天智塔は(1)年に(2)が建立した(3)重の石塔である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①昭和34年 ②河内卯兵衛 ③九

    解説

  • 67

    観世音寺北側からまとまって出土した経済活動の一端を示すと言われる土器は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 製塩土器 (当時、観世音寺の有力な現金収入の一助を担っていた)

    解説

  • 68

    観世音寺以外からは出土がない漆容器の紙蓋に書かれた暦や書き損じの文書を何と言う?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 漆紙文書

    解説

  • 69

    漆紙文書に(1)が使った暦である(2)が出土した。(3)年のものである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①陰陽師 ②具注歴 ③780 780年は奈良末期で,桓武天皇の実父光仁天皇の時代。

    解説

  • 70

    観世音寺から出土した三大希少資料とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 参道西側出土の中世の金銅如来立像、漆紙文書、唐三彩(奈良三彩ではない)

    解説

  • 71

    発掘された推定子院跡は(3)?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 推定金光寺跡、推定西福寺跡(安養院)、推定学業寺跡

    解説

  • 72

    老司式窯跡は(1)基発掘された(2)世紀の全長(3)mの(4)式登窯である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①一 ②8 ③13 ④地下式

    解説

  • 73

    1064年に講堂・五重塔が焼失したが(1)を中心に(2)が設けられ,多くの周辺の(3)達も協力し再興を果たした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①府官 ②造観世音寺行事所 ③僧侶

    解説

  • 74

    その後大風で金堂・戒壇院・南大門などが倒壊し,1099年には(1)が再建計画を立ち上げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大江匡房 (1099年の計画は実現できず、再度1106年に計画したが実現できず)

    解説

  • 75

    1109年に宋人で観世音寺の(1)である(2)が(3,4)を再建した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①別当 ②暹宴 ③④左右回廊・中門

    解説

  • 76

    そうした中でも,独自の再建を進めたのが,東大寺に年貢未済を訴えられた経歴のある誰?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 慈斎上人

    解説

  • 77

    慈斎上人は1222年には(1)を,1242年には(2)の造像を行い独自の再興を進めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①不空羂索観音 ②十一面観音(新十一面) 当時は折しも武藤資頼が着任,横岳崇福寺創建など新しい時代へ突する頃であった。

    解説

  • 78

    その後中世を過ぎ(1)年の暴風雨で唯一残っていた(2)が倒壊し,廃寺同然となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1630 ②金堂 1630年は大坂夏の陣も終わり徳川体制盤石の頃。黒田は1632年黒田騒動が起こりまだ地保は固まっていなかった。

    解説

  • 79

    現在の金堂は黒田(1)が(2)の仮堂を造り,その(3)年後に新たな講堂が出来,仮堂を移転し金堂とした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①忠之 ②講堂 ③57年後

    解説

  • 80

    黒田藩士(1)は(2)年に戒壇院の(3)を再建しその後(4)年に博多の豪商(5)が修理・増改築をし再建は完了した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鎌田昌勝 ②1669 ③本堂④1680 ⑤浦了無 観世音寺はその後1688-89年に現在の姿に再建が終わった。

    解説

  • 81

    講堂は1689年に(1)が大壇越となり(2)の遺命でその妻などが再建した桁(3)間,梁(4)間の(5)のある概観重層建物である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①黒田光之 ②天王寺屋浦了無 ③5 ④4 ⑤裳階(もこし)

    解説

  • 82

    戦後22年に(1)が設立され,中心的人物が(2)である。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①観世音寺復興会 (その前は観世音奉賛会) ②河内卯兵衛

    解説

  • 83

    昭和34年には観世音寺絵図に描かれている(1)のあった場所に(2)が建てられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①菩薩院 ②宝蔵

    解説

  • 84

    延喜五年観世音寺資材帳や観世音寺絵図によると,当初は(1)から(2)に築地塀が巡っていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①南大門 ②北門

    解説

  • 85

    そもそも奈良の(1)を簡素化した伽藍と言われ,同じ配置は(2)に見られる。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①川原寺 ②奥州の多賀城廃寺

    解説

  • 86

    規模は東西(1)m南北(2)mであった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①186m ②210m 因みに政庁は東西110m,南北210m

    解説

  • 87

    国宝の梵鐘の口径は(1)cm,高さは(2)cm,撞座の位置は(3)い。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①86.2 ②160.0 ③高い

    解説

  • 88

    重量は(1)kg,厚みは底部で(2)cm。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①840 ②5.5

    解説

  • 89

    妙心寺の梵鐘は口径(1)cm,高さ(2),底部厚さ(3)で高さがかなり違う。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①86.3 ②150.5 ③5.3

    解説

  • 90

    観世音寺と妙心寺の梵鐘の一番の違いはどこ?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 竜頭の形状

    解説

  • 91

    竜頭の正式名は?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 蒲牢(ほろう) (竜の九子の一つ。鯨に襲われると宇宙の果て迄届く大声で鳴く。)

    解説

  • 92

    笠形以下は全く同寸法。撞座が同一原型の(1)から作られ鋳型の(2)も同じ位置,(3)の形状配列も同じ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①挽形(ひきがた) ②継ぎ目 ③乳

    解説

  • 93

    妙心寺の梵鐘には銘文があった。何と記されていたか?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 「文武二年糟屋評(こおり)造(みやつこ)舂米(つきしね)連(むらじ)廣國鋳鐘 」 698年

    解説

  • 94

    金堂の現在の本尊は(1)で,桁(2)間,梁(3)間の(4)造りである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①不動明王 ②5 ③4 ④入母屋 (金堂,講堂ともに5×4)

    解説

  • 95

    嘗ての金堂の本尊は(1)で左右に(2)像,足下に(3),南側に(4-7)北側に(8-11)が順に安置されていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①阿弥陀如来像 ②四天王立像 ③宋風獅子 ④-⑦吉祥天立像 地蔵菩薩立像 毘沙門天立像 聖観音像 ⑧-⑪十一面観音立像 大黒天立像 地蔵菩薩坐像 阿弥陀如来坐像

    解説

  • 96

    観世音寺の仏像を造った仏師達の名は(1)像,(2)像,(3)像に(4)名が判読され,その内(2)の体内銘文にあるのは大仏師真快。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①延久銘十一面観音像 ②馬頭観音像 ③杵島観音像 ④9

    解説

  • 97

    観世音寺は和暦(1)1064年,(2)1102年,(3)1143年と火災や大風などで大被害を受けた。この内暹宴が自費で修理したのはいつ(4)?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①康平7年 ②康和4年 ③康治2年 ④康和4年

    解説

  • 98

    1120年の東大寺末寺化の背景二点とは?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①権力を失いつつある大宰府に代わる新たな庇護を東大寺に求めた ②東大寺は観世音寺の持つ経済力に期待があった

    解説

  • 99

    現在の観世音寺は(1)宗になっているが,当初は戒壇があった関係で,(2)の寺と称されていた。天台宗の寺になったのは,(3)以降のようである。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①天台 ②八相兼学(はっしゅうけんがく)の寺 ③明治

    解説

  • 100

    観世音寺は(1)郭(2)-(3)坊,(4)-(5)条に位置していた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①左 ②③5〜7 ④⑤2〜4 果たして一条はどの辺り?坂本神社のところが北限つまり一条であると言われる。

    解説

56634

セットの学習コンテンツ

公開初月で
60,000
ダウン
ロード!

無料アプリはこちら!

英単語をウェブサイト
からzuknowに簡単登録

覚えたい単語を選択するだけ!
簡単にzuknowに登録することが
できます

Get the free Chrome Extension

トップ