zuknow learn together

新しい教材を作成

世界史B 世界史プリント29・30

カード 45枚 作成者: muneaya.s (作成日: 2016/01/03)

  • 4世紀後半、ゲルマン人の一派東ゴート人を征服したアジア系の人々。

解説面  クリックしてカードを裏返す

アプリをダウンロードして、このコンテンツを学習しよう! AppStore / Google Play

教材の説明:

世界史プリント29・30の内容です。
教科書はp88〜94です。
確認に使ってください!^ ^

公開範囲:

公開

カテゴリ:

言語:

  • カード表 : 日本語
  • カード裏 : 日本語
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

    4世紀後半、ゲルマン人の一派東ゴート人を征服したアジア系の人々。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フン人

    解説

  • 2

    西ゴート人が375年にドナウ川を越えたことで始まったゲルマン人諸部族の移動

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ゲルマン人の大移動

    解説

    フン人が東ゴート人を征服したことで圧迫された西ゴート人が375年にドナウ川を越えた。これをきっかけに、5世紀初めから他のゲルマン人諸部族も移動を開始した。

  • 3

    フン人が最も力を強めた時の王

    補足(例文と訳など)

    答え

    • アッティラ王

    解説

    フン人はアッテイラ王の時に最も力を強めたが、476年に西ローマとゲルマン人の連合軍に敗れて、力が衰退した。

  • 4

    ゲルマン人の大移動の影響を受けて、476年に滅ぼされた国

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 西ローマ

    解説

    西ローマを滅ぼしたゲルマン人はその後テオドリック王にひきいられ、現イタリアに東ゴート王国をたてる

  • 5

    ビザンツ帝国の首都

    補足(例文と訳など)

    答え

    • コンスタンティノープル

    解説

  • 6

    西ローマを滅ぼしたゲルマン人の傭兵隊長

    補足(例文と訳など)

    答え

    • オドアケル

    解説

  • 7

    ビザンツ帝国が全盛期を迎えた時の王

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ユスティニアヌス帝

    解説

    ユスティニアヌス帝はゲルマン人の諸国家を征服するなどをし、地中海世界の再統一を目指した。しかし、彼の死後は異民族の侵入やササン朝との抗争により領土が縮小してしまう。

  • 8

    7世紀以後、ビザンツ帝国で用いられた、各地に駐屯地をおき、その地方の長官に実権をゆだねる制度

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 軍管区制(テマ制)

    解説

  • 9

    ユスティニアヌス帝の時にそれまでのローマ法をまとめ編纂したもの

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ローマ法大全

    解説

  • 10

    ユスティニアヌス帝の時に帝国の威信を高めるために建てたビザンツ様式の聖堂

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 聖ソフィア聖堂

    解説

  • 11

    聖ソフィア聖堂や聖ヴィターレ聖堂などを代表とする堂々とした円屋根と内部のモザイク壁画が特徴の建築様式

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ビザンツ様式

    解説

  • 12

    ゲルマン人の大移動の際、西ゴート人が最終的に到達した地域

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ヒスパニア

    解説

  • 13

    ゲルマン人の大移動の際、ヴァンダル人が最終的に到達した地域

    補足(例文と訳など)

    答え

    • アフリカ北部

    解説

  • 14

    ゲルマン人の大移動の際、フランク人が最終的に到達した地域

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ガリア北部

    解説

  • 15

    ゲルマン人の大移動の際、アングロ人・サクソン人が最終的に到達した地域

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ブリタニア

    解説

  • 16

    ゲルマン人などにキリスト教が布教するようになって組織化したもの

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 教会

    解説

  • 17

    ビザンツ帝国のビザンツ皇帝を首長とした教会

    補足(例文と訳など)

    答え

    • コンスタンティノープル教会(ギリシア正教会)

    解説

  • 18

    ビザンツ帝国で行われた皇帝が政治と宗教の両権を握る制度

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 皇帝教皇主義

    解説

    ビザンツ帝国の皇帝が神の代理人として宗教の実権を握ったのは、ローマ教会の不満を買い、対立につながった。

  • 19

    ローマにあったコンスタンティノープル教会に対抗した勢力の教会

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ローマ教会(ローマカトリック教会)

    解説

    ローマ教会はゲルマン人への布教で権威を高め、使徒ペテロの後継者としてコンスタンティノープル教会に対抗した。

  • 20

    初めて教会の最高指導者として教皇の称号を用いて初代教皇になった人物

    補足(例文と訳など)

    答え

    • グレゴリウス1世

    解説

    はじめはとても微力だった教皇だったが、その後少しずつ権威を高めていった。

  • 21

    ギリシア正教圏から分離して、12世紀に形成された教皇をトップとするキリスト教圏

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ローマカトリック圏

    解説

  • 22

    ローマカトリック圏で用いられた教皇をトップとする階層制度

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 聖職階層制

    解説

  • 23

    修道士たちが神への祈りを行う宗教的共同体の場として建てられたもの

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 修道院

    解説

    修道院の存在は当時の布教にとても貢献する事になった。

  • 24

    6世紀はじめに修道院を創立した人物

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ベネディクトゥス

    解説

  • 25

    ベネディクトゥスが6世紀に創立したイタリアの修道院

    補足(例文と訳など)

    答え

    • モンテカッシーノ修道院

    解説

  • 26

    ベネディクトゥスが残した修道院での共同生活のモットーとなる言葉

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 「祈りかつ働け」

    解説

  • 27

    726年にイスラム教徒に対して信仰の純粋性の保持のために勅令によって聖画像を廃止にしたビザンツの皇帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • レオン3世

    解説

    これに対して、当時聖画像を用いて伝道していたローマ教会は強く反発した。

  • 28

    聖画像の名称

    補足(例文と訳など)

    答え

    • イコン

    解説

  • 29

    8世紀の偶像崇拝論争をきっかけに、東西教会がお互いを破門して完全に分裂した年

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 1054年

    解説

    東方がビザンツ帝国のギリシア正教会、西方がローマ中心のローマカトリック教会。

  • 30

    ゲルマン人の一派のフランク人が建てた国

    補足(例文と訳など)

    答え

    • フランク王国

    解説

  • 31

    481年にフランク王国でメロヴィング朝を開いた人物

    補足(例文と訳など)

    答え

    • クローヴィス

    解説

    クローヴィスは、496年に異教からアタナシウス派に改宗し、王朝に支配に成功した。

  • 32

    クローヴィスの死後、王家内部争いになったメロヴィング朝で王に代わって勢力をのばした宮廷の長官

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 宮宰

    解説

  • 33

    732年にトゥールポワティエ間の戦いでウマイヤ朝を破り活躍した宮宰

    補足(例文と訳など)

    答え

    • カールマルテル

    解説

  • 34

    カールマルテルの子で751年にローマ教皇の承認を得て王位を奪い、カロリング朝を開いた人物

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ピピン

    解説

  • 35

    ピピンがイタリアのランゴバルド王国のラヴェンナ地方を奪い、教皇に寄進したこと

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ピピンの寄進

    解説

  • 36

    ピピンの寄進が起源となりはじまったもの

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ローマ教皇領

    解説

  • 37

    ピピンの子でランゴバルド王国を滅ぼすなどして勢力を拡大し、西ヨーロッパの広大な領域を支配した人物

    補足(例文と訳など)

    答え

    • カール大帝

    解説

  • 38

    800年にカール大帝にローマ教皇がローマ皇帝の冠を授け、ローマ教会の守護者とした出来事

    補足(例文と訳など)

    答え

    • カールの戴冠

    解説

    フランク王国がビザンツ帝国に対抗できる強国になったと考えたレオ3世が行った。

  • 39

    800年にカール大帝にローマ皇帝の冠を授け、ローマ教会の守護者とした当時のローマ教皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • レオ3世

    解説

  • 40

    カール大帝が多くの学者を宮廷に招き、ラテン語による学芸の復興に努めた事

    補足(例文と訳など)

    答え

    • カロリングルネサンス

    解説

  • 41

    843年にフランク王国を縦に中部フランク、東フランク、西フランクに分けた条約

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ヴェルダン条約

    解説

  • 42

    870年にフランク王国を東フランク、西フランク、イタリアに分けた条約

    補足(例文と訳など)

    答え

    • メルセン条約

    解説

    東フランク(現ドイツ)、西フランク(現フランス)

  • 43

    東フランク王国のザクセン朝の時にマジャール人を撃退した皇帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • オットー1世

    解説

    オット−1世はその後、962年に空位だったローマ皇帝の冠を教皇から授かった。

  • 44

    オットー1世がローマ皇帝の冠を授かったことで、その後ドイツ王に選ばれたものが皇帝となる慣例がうまれ成立した国

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 神聖ローマ帝国

    解説

  • 45

    西フランク王国でカペー朝を開いたフランク大公

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ユーグカペー

    解説

    カペー朝は王領が狭く、王権は弱かった。

56706

セットの学習コンテンツ

公開初月で
60,000
ダウン
ロード!

無料アプリはこちら!

英単語をウェブサイト
からzuknowに簡単登録

覚えたい単語を選択するだけ!
簡単にzuknowに登録することが
できます

Get the free Chrome Extension

トップ