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26.太宰府と大内氏関連

カード 22枚 作成者: enchan (作成日: 2015/12/21)

  • 初期,大内氏の勢力を周防・長門に広げ基盤を確立したのは誰?

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  • 1

    初期,大内氏の勢力を周防・長門に広げ基盤を確立したのは誰?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大内弘世

    解説

  • 2

    弘世の子(1)は(2)を助け九州制圧に手柄を立てた。その結果九州においては(3)の守護を兼任した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①義弘 ②今川了俊 ③豊前

    解説

  • 3

    1399年の(1)の乱で義弘は(2)に討たれ,跡は弟の(3)が継ぎ筑前国の(4)に任命された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①応永 ②足利義満 ③盛見 ④代官 応永6年(1399)大内義弘が足利義満に背いて堺に挙兵、敗死した事件。これを機に、守護大名に対する将軍権力が確立した。

    解説

  • 4

    盛見は大友,少弐と争い戦死し,相続は義弘の子(1)が継ぎ,周防,長門と(2,3)の守護となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①持世 ②③豊前・筑前

    解説

  • 5

    持世は1441年の(1)の乱に居合わせ深手を負い死去。家督は盛見の子(2)が継いだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①嘉吉の乱 ②教弘(のりひろ) 嘉吉1 (1441) 年,赤松満祐が室町幕府6代将軍足利義教を暗殺した事件。赤松氏は尊氏挙兵に際して功労あり,外様 (とざま) でありながら播磨,備前,美作の守護を兼ね,四職家 (→三管四職 ) の一つとして幕府に重きをなしていた。

    解説

  • 6

    教弘死後は子の(1)が跡を継ぎ,この(1)こそが領地(2)の基礎を築いた。この代に1467年(3)が起こった

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①政弘 ②山口 ③応仁の乱 8代将軍足利義政の継嗣争い等複数の要因によって発生し室町幕府管領の細川勝元と室町幕府侍所所司(頭人)の山名持豊(出家して山名宗全)ら有力守護大名が争い九州など一部の地方を除く全国に拡大した。乱の影響で幕府や守護大名の衰退が加速化し戦国時代に突入するきっかけとなった。十数年に亘る戦乱によって主要な戦場となった京都は灰燼と化しほぼ全域が壊滅的な被害を受けて荒廃した。

    解説

  • 7

    政弘の代にまとめられたのが法令史上でも有意義な何であるか?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大内家壁書 内容は家人や百姓の心得,商人の統制,社寺や儀式についての法令など。

    解説

  • 8

    1480年大内(1)に招かれた連歌師(2)は太宰府・博多を巡った紀行文(3)を著した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①政弘 ②飯尾宗祇 ③筑紫道記

    解説

  • 9

    当時,政弘は九州(1,2)の守護であった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①ー②筑前、豊前

    解説

  • 10

    大内氏は天満宮で(1)連歌を催し,社家も(2)連歌を行う事で(3)から保護を受けたりした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①月次連歌 ②祈祷連歌 ③戦国大名

    解説

  • 11

    九州では今川了俊後,どのような情勢となったか?

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 了俊の後任に力なく大内氏(盛見)が後ろ盾となり,1497年には少弐氏を滅し(政資 太宰府逃亡),大内、大友、島津の三家鼎立となった。

    解説

  • 12

    (1)年に大内(2)が復活させた命令文書は(3)。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①1536 ②義隆 ③大府宣

    解説

  • 13

    さしもの大内氏も1551年に義隆が(1)に殺され,さらに(2)年には毛利(3)が最後の当主大内(4)も滅し大内家は滅んだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①陶晴賢 ②1557 ③毛利元就 ④義長(享年26。大友氏出自,諸事に翻弄され続けた一生であった。)

    解説

  • 14

    応永の乱後の処理に不満を抱いた義弘の弟(1)は反旗を翻し最終的に幕府も容認した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 大内盛見(もりはる)

    解説

  • 15

    大内盛見は(1)の後任である九州探題(2)氏に取って代わったが(3,4)に敗れ敗死した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①今川了俊 ②渋川氏 ③④少弐氏、大友氏

    解説

  • 16

    盛見の跡を継いだ(1)は将軍義教の信任を受け(2,3)を征伐し北九州における大内氏の優位を確立した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大内持世 ②③少弐氏 大友氏

    解説

  • 17

    北九州における大内氏の地位を築いた(1)は1441年の(2)の乱に巻き込まれ死去し跡は(3)が継いだ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大内持世 ②嘉吉の乱 ③教弘

    解説

  • 18

    大内教弘の跡を継いだ(1)は(2)の乱でも,九州での戦いでも勝利し室町幕府に影響力を持つ守護大名となった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大内政弘 ②応仁の乱

    解説

  • 19

    大内政弘の跡を継いだ(1)は北九州・中国での覇権をさらに確立したが長らく(2)に滞在し後に禍根を残した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大内義興 ②京都

    解説

  • 20

    大内義興の跡を継いだ(1)は一時は西国随一の戦国大名となったがその後内紛などもあり自害した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①大内義隆 国宝瑠璃光寺五重塔建立

    解説

  • 21

    大府宣も宰府解も(1)時代末で途絶えたが復活させたのは武家の(2)。但し発注先は(3)などに限られていた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • ①鎌倉末 ②大内義隆 ③豊前・筑前など九州の大内氏の領国

    解説

  • 22

    大内家の当主を,最初,山口に基盤を作った(1)世から最後の当主まで全員を

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 弘世−義弘−盛見−持世−教弘−政弘−義興−義隆−義長

    解説

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