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松尾芭蕉の有名な俳句

カード 20枚 作成者: タマ (作成日: 2013/11/05)

  • 荒海や 佐渡(さど)に横とう 天の川

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教材の説明:

「奥の細道」で有名な俳人、松尾芭蕉の俳句20撰です。
四季がある国独特の自然、文化に根付いた素晴らしい句ばかりですね。

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  • 1

    荒海や 佐渡(さど)に横とう 天の川

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 最も人口に膾炙した芭蕉の代表的な句の一つ。元禄2年7月7日、新潟県直江津での 佐藤元仙宅での句会での発句として掲出されたもの。ただし、この夜、芭蕉が滞在していた直江津界隈は朝から雨で、夜になっても降り止まなかったらしいから、芭蕉は天の川を見ていない。とすればそれより以前に作ったものを この夜発表したということであろう。そこでこの近日の天候を見ると連日雨で、七月四日の夜に少し星が見えた。だから、この夜出雲崎でこの句は構想されたものであろう。

    解説

  • 2

    秋深き 隣(となり)は何を する人ぞ

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 俗の意味で最も人口に膾炙した句の一つであるといっていいのかもしれないが、それでいて全く反対に寂寥感を漂わせた秀句である。晩秋の夜、灯りのこぼれる隣家の住人に想いを馳せる人間的ぬくもりが横溢している。「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」の句を除いて最後の作品となった。

    解説

  • 3

    いでや我よき布着たり蝉衣

    補足(例文と訳など)

    答え

    • さあ見てください。私はこんな素晴らしい帷子を着ていますよ。まるで蝉の羽のように軽くて涼しいやつをね。

    解説

  • 4

    梅が香に のっと日の出る 山路かな

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 立春を過ぎて残る寒い朝。梅の香が匂う山路には、何の前触れもなく朝日がひょっこりと昇ってくる。「のっと」という日常語を持ってきて、死後に一大流行を作り出した「軽み」の実践句。

    解説

  • 5

    風の香も南に近し最上川

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 白楽天の詩「薫風は南より至る」を引用した挨拶吟。盛信の亭は、最上川が南を流れ、南が大きく開けている。川風は折からの南風に乗って流れてくるからよい香の風となる。盛信への挨拶吟。

    解説

  • 6

    菊(きく)の香(か)や 奈良には古き 仏たち

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 重陽の節句の今日、奈良の都は菊の香に包まれている。その中に幾千の古い仏たちも包まれている。なんともにおいやかな秀句。

    解説

  • 7

    五月雨を 集めてはやし 最上(もがみ)川

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 奥の細道全体を通して山形での作品に秀句が多いのはなぜだろう。これも最も人口に膾炙した句の一つである。山形では句会が多く催されたらしい。この作品は、5月29日夜大石田の船宿経営高野平左衛門 (一栄)方にて行われた句会の冒頭の発句「五月雨を集て涼し最上川」である。これはまた随分とやさしい句だが、「涼し」一語を「早し」と変えただけで、怒涛渦巻く最上川に変るから言葉の持つ威力はものすごい。

    解説

  • 8

    閑(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉(せみ)の声

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 『奥の細道』集中もっとも優れた句の一つ。初案は、「山寺や石にしみつく蝉の聲」(『俳諧書留』曾良)であり、後には「さびしさや岩にしみ込む蝉の聲」(『初蝉・泊船集』)となり、現在のかたちに納まったのはよほど後のことらしい。

    解説

  • 9

    旅に病(や)んで 夢は枯(か)れ野を かけめぐる

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 『枯尾花』(其角)に、 「ただ壁をへだてて命運を祈る声の耳に入りけるにや、心細き夢のさめたるはとて、~旅に病で夢は枯野をかけ廻る。また、枯野を廻るゆめ心、ともせばやともうされしが、是さへ妄執ながら、風雅の上に死ん身の道を切に思ふ也、と悔まれし。8日の夜の吟なり」とある。前詞に「病中吟」とあるとおりこれは芭蕉の辞世ではなく、あくまでも生前最後の句に過ぎない。

    解説

  • 10

    夏草や つわものどもが 夢の跡(あと)

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 芭蕉の『奥の細道』は、芭蕉自身の気持ちとしてはここ平泉が終点だったのであろう。ここが奥州藤原三代の 栄耀栄華・北方文化の中心地であったという以上に、彼にとっては西行の愛した藤原文化とその悲劇性にこそ関心があったのであろうから 、ここを旅の終点として、ここから大垣までは、途中村上で曾良の想いを遂げさせたやるとしても、気楽な帰路ということだったであろう。 ただし、翌年書いた『幻住庵の記』初稿では、「猶、善知鳥<うとう=千鳥の一種>啼く外の濱邊より、ゑぞが千しまを見やらんまでと、しきりにおもひ立侍るを、同行曾良何某といふもの、多病心もとなしなど袖ひかゆるに心よはりて・・・・」とあるので、北海道・樺太・千島まで「細道」は続いていたと言うのだが、これは「そうも考えた」という程度のものであったのだろう。体力的にも限界だったろうが、これより北にはサポーターが不在なのだから経済的に旅の続行は不可能だった。

    解説

  • 11

    春もやや気色ととのふ月と梅

    補足(例文と訳など)

    答え

    •  長い冬が過ぎ去って、梅が咲き始めた。それだけでも十分春を喜ぶのだが、加えて月も出た。これで早春の役者は十分に揃ったのである。おだやかな季節の移り変わりをゆったりと画と句に表現する。 兼好『徒然草』第19段を引用か?

    解説

  • 12

    ひらひらと挙ぐる扇や雲の峰

    補足(例文と訳など)

    答え

    • あなたの演技を見ていると、ひらひらと高く掲げた扇の先があの入道雲の先端の雲の峰まで達しているかのように見えます。主の主馬への挨拶吟。

    解説

  • 13

    古池や 蛙(かわず)とびこむ 水の音

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 芭蕉は、中七・下五の「蛙飛ンだり水の音」 までできたが、上五に悩んでいた。そのことを其角に話したところ、其角は「山吹や」にしては、と提案したという。これは、「山吹の花のしづえに折知りて啼く蛙」という定型表現からの提案であり、其角一流の派手好みの一句とはなるが、芭蕉はこれをとらず、即座に「古池や」としたという言い伝えがある。「蛙飛ンだり」という表現には、弾んだ躍動感や高揚感がある反面、談林風の滑稽の影が残る。「飛び込む」と日常語に直したところから、わびやさびにつながる水墨画の世界が現出した。古来、和歌の世界では蛙はその鳴き声が詠まれることをきまりとしていた。芭蕉がこれを「飛び込む水音」としたところに俳諧としての独創があると言われている。蕉風確立の画期をなした一句。

    解説

  • 14

    初時雨(はつしぐれ) 猿(さる)も小蓑(こみの)を ほしげなり

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 伊賀越えの山の中で初時雨に遭遇した。自分はさっそく蓑を腰に巻いたが、寒さの中で樹上の猿たちも小蓑をほしそうな気振りに見えることだ。この一句、決して動物愛護の精神から猿にも防寒用の蓑をやりたいものだと言っているのではない。初時雨や哀猿は、古来日本文学のキータームであった。芭蕉はこれを俳諧化して「小蓑を欲しげなり」としたのである。

    解説

  • 15

    ほろほろと 山吹(やまぶき)散るか 滝(たき)の音

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 3月22,23日頃の作。紀貫之の歌「吉野川岸の山吹ふく風に底の影さへうつろひにけり」(古今集)を引いている。吉野は桜だけでなく、山吹でも有名だった。

    解説

  • 16

    名月や 池をめぐりて 夜もすがら

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 仲秋の名月を眺めながら池の周りを歩いていたらいつの間にか夜が明けてしまったのである。この「池」も、かの「蛙飛びこむ」古池で、芭蕉庵にあったもの。

    解説

  • 17

    山路(やまじ)きて 何やらゆかし すみれ草

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 『甲子吟行』中人々に最も愛された句の一つ。初案は「何とはなしに何やら床し菫草」であった。その後推敲を経てこの形になった。すみれの可憐な姿にゆかしさを見たというのだが、どういうゆかしさなのかは皆目知れぬ。蕪村にも「骨拾う人に親しき菫かな」という句がある。菫の花びらはよくよく見ると何やら人面のような模様がある。そこに昔の人の俤を見たか。落ち葉散り敷く山路に一株咲いている紫の可憐な花びらをしげしげと見て、思い出す人に似て「何やらゆかし」となったのであろうか。 なお、この句については湖春と去来の論争が「去来抄」にある。

    解説

  • 18

    六月や 峰(みね)に雲置く 嵐山(あらしやま)

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 元禄7年も、梅雨が去ると、京都には燃え立つような猛暑の季節がやってきた。嵯峨野の落柿舎から見える嵐山には純白の入道雲が沸き立っている。それを嵐山はしっかりと負っている。実に力強い句である。

    解説

  • 19

    松島や ああ松島や 松島や

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 松尾芭蕉が『奥の細道』で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、「松島や ああ松島や 松島や」という句を詠んだという逸話があるが、実際は後世の狂歌師の田原坊の作とされる。ただし、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしい。また別の説では、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいわれる。

    解説

  • 20

    名月の花かと見えて綿畠

    補足(例文と訳など)

    答え

    • いま名月の明るい光の中であたり一面が昼を欺くようによく見える。その中に白いものが見えるが、あれは月桂樹の花ではなくて本当は綿の実なのだ。 この時代、木綿の栽培が日本国中に広がっていったのだが、一句はそんな時代の先端を行くハイカラさも込められているのである。この時代の、木綿の導入は人々の衣生活に大きな影響を与えた。それまで、農民の作業着は麻布であって、染色もきれいにはできなかったが、木綿になると肌触りも良く、捺染も良好で、生活に華やかさを急激に増していった。ただし、綿布の普及によって民家に綿ぼこりが増えたのも事実である。(柳田國男『木綿以前の事』)

    解説

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