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ベトナム史1’

カード 299枚 作成者: seg0426 (作成日: 2015/07/25)

  • 呉朝の建国者。白藤江の戦いにて南漢軍を破り、古螺を都として、王位についた。彼の死後、呉朝は急激に統率力を失い、群雄割拠時代が訪れた。

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  • 1

    呉朝の建国者。白藤江の戦いにて南漢軍を破り、古螺を都として、王位についた。彼の死後、呉朝は急激に統率力を失い、群雄割拠時代が訪れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉権<Ngô Quyền>】                   

    解説

  • 2

    多様なジャンルが収集された書物。1483年に黎朝の黎聖宗が申仁忠らに編纂を命じて成ったとされ、現在断片的に伝わっている。当時の社会等を知るうえで大変貴重な資料。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【天南余暇集<Thiên Nam dư hạ tập>】           

    解説

  • 3

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 4

    ベトナム建国の父。ベトナム共産党を組織して帝国主義勢力と戦い抜き、ベトナム独立を導いた。現地では、ホーおじさんの愛称で親しまれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ホー・チ・ミン<Hồ Chí Minh>】            

    解説

  • 5

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 6

    阮朝第8代皇帝。フランスの侵略に対してフエで蜂起を断行し、山野に潜みゲリラ活動を展開した。後に、フランスによって逮捕され、アルジェリアに流刑された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【咸宜帝<Hàm Nghi>】                   

    解説

  • 7

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 8

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 9

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 10

    陳朝初代皇帝。陳朝の創始者。諸制度を抜本的に改変し、王朝の基盤を整えた。南宋と本格的に通じることで、南宋から安南国王の封を受けた。蒙古の台頭により一時期侵略されるが、その後蒙古を追い払い、両国の関係を改善させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳太宗】                         

    解説

  • 11

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 12

    フランスの侵略に対する愛国運動。咸宜帝は詔を発して、各地の人民や文紳に行動を起こさせ、フランスの侵略に断然と抗議する愛国運動を展開した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【勤王運動】                        

    解説

  • 13

    呉朝の建国者。白藤江の戦いにて南漢軍を破り、古螺を都として、王位についた。呉権の死後、呉朝は急激に統率力を失い、群雄割拠時代が訪れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉権<Ngô Quyền>】                   

    解説

  • 14

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 15

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 16

    李朝時代の武将。ベトナムに侵攻してきた宋軍を破り、その名声を轟かせた。逝去後、各地に廟が建立されるなど、その勇姿が後世まで語り継がれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李常傑<Lý Thường Kiệt>】              

    解説

  • 17

    北ベトナムと南ベトナムの内戦に、アメリカやソ連の介入によって引き起こされた戦争(1960~1973年)。最新兵器の導入や戦争の長期化によって、ベトナムの国土は荒らされ文化財等もこの時に多く失われた。後に、アメリカがパリ協定を受け入れ、戦争が終結した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム戦争】                      

    解説

  • 18

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 19

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 20

    ベトナムの王朝(1428~1789年)。初代皇帝は黎利(太祖)。黎朝は、莫氏による簒奪を境に前期と後期に分けられる。『黎朝刑律』や科挙の諸整備を整え安定した長期王朝を維持できた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝<nhà Lê>】                     

    解説

  • 21

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 22

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 23

    1917年に創刊された月刊雑誌。210号まで刊行され続け、クオックグーと漢字の二部で構成されており、学問研究の進展・クオックグーの普及に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【南風<Nam Phong>】                     

    解説

  • 24

    孔子を中心として儒者の霊を祀った所。ベトナムでは、1070年にハノイに創建されたのが初めて。廟内には、科挙合格者の名前が刻まれている亀の石像が並べられている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【文廟<Văn Miếu>】                   

    解説

  • 25

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 26

    阮朝時代の官僚、後に民族主義者。東京義塾を設立するなどの啓蒙活動を推進するも、フランス当局によって流刑された。フランスにわたり現地でベトナム人の組織化を進め、意識改革を促した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘周禎<Phan Chu Trinh>】                 

    解説

  • 27

    1964年に建立された仏教寺院。ホーチミン市内にあり、日本の曹洞宗の寺院から寄贈された「平和の鐘」がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【永厳寺<Chùa Vĩnh Nghiêm>】              

    解説

  • 28

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 29

    ベトナムの王朝(1428~1789年)。初代皇帝は黎利(太祖)。黎朝は、莫氏による簒奪を境に前期と後期に分けられる。『黎朝刑律』や科挙の諸整備を整え安定した長期王朝を維持できた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝<nhà Lê>】                     

    解説

  • 30

    阮朝初代皇帝。阮朝の創始者。西山軍の平定後、帝位につ即き阮朝を建てた。代々の王朝の都であったハノイからフエに都を移し、大規模な新制度を実施することで王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嘉隆帝<Gia Long>】                    

    解説

  • 31

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 32

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 33

    阮朝第8代皇帝。フランスの侵略に対してフエで蜂起を断行し、山野に潜みゲリラ活動を展開した。後に、フランスによって逮捕され、アルジェリアに流刑された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【咸宜帝<Hàm Nghi>】                   

    解説

  • 34

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 35

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 36

    フランスの侵略に対する愛国運動。咸宜帝は詔を発して、各地の人民や文紳に行動を起こさせ、フランスの侵略に断然と抗議する愛国運動を展開した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【勤王運動】                        

    解説

  • 37

    ベトナムの類書。阮朝の潘輝注の撰。49巻。内容は多岐にわたり、人物・科目・地理・刑律・礼儀等の各誌に分かれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【歴朝憲章類誌<Lich triều hiến chương loại chí>】 

    解説

  • 38

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 39

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 40

    黎朝時代の官僚。著書『大越史記全書』は有名。ベトナムの歴史をまとめあげ、その生涯を遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉士連<Ngô Sĩ Liên>】                 

    解説

  • 41

    呉朝の建国者。白藤江の戦いにて南漢軍を破り、古螺を都として、王位についた。呉権の死後、呉朝は急激に統率力を失い、群雄割拠時代が訪れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉権<Ngô Quyền>】                   

    解説

  • 42

    阮朝第2代皇帝。儒教に通じ中国の集権化政策を参考にして皇帝の権力を強化した。キリスト教禁止や対外遠征などの強権的な政策をとった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【明命帝<Minh Mạng>】                   

    解説

  • 43

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 44

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 45

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 46

    阮朝初期の官僚。ベトナムの百科事典『歴朝憲章類誌』を著した人物として有名。何度か副使として中国を訪問し、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘輝注<Phan Huy Chú>】                 

    解説

  • 47

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 48

    阮朝時代の官僚。フランスとの折衝に向けて全力を尽くしたが、フランスのベトナムに対する高圧的な強要により、ベトナム南部の征服を許してしまい、その責任を負い毒を飲み自らの命を絶った。後に、祖国忠愛の士として名誉回復を成し遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘清簡<Phan Thanh Giản >】                

    解説

  • 49

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 50

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 51

    1907年にハノイで建設された学校。これまでの儒教教育などの革新を目指し、西洋の学問などを積極的に導入した。後に、フランス当局によって解散を命じられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【東京義塾<Đông Kinh Nghĩa thục>】           

    解説

  • 52

    ベトナムの王朝(1428~1789年)。初代皇帝は黎利(太祖)。黎朝は、莫氏による簒奪を境に前期と後期に分けられる。『黎朝刑律』や科挙の諸整備を整え安定した長期王朝を維持できた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝<nhà Lê>】                     

    解説

  • 53

    呉朝⇒丁朝⇒前黎朝⇒李朝⇒陳朝⇒胡朝⇒黎朝(前半)⇒莫朝⇒黎朝(後半)⇒阮朝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム歴代王朝】                    

    解説

  • 54

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 55

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 56

    フランスの侵略に対する愛国運動。咸宜帝は詔を発して、各地の人民や文紳に行動を起こさせ、フランスの侵略に断然と抗議する愛国運動を展開した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【勤王運動】                        

    解説

  • 57

    黎朝初期の官僚。黎利の参謀として明との独立戦争を戦い抜き、黎朝の立役者となる。後に、黎朝において制度の整備に尽力しその功績は甚だ大きい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮廌<Nguyễn Trãi>】                 

    解説

  • 58

    北ベトナムと南ベトナムの内戦に、アメリカやソ連の介入によって引き起こされた戦争(1960~1973年)。最新兵器の導入や戦争の長期化によって、ベトナムの国土は荒らされ文化財等もこの時に多く失われた。後に、アメリカがパリ協定を受け入れ、戦争が終結した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム戦争】                      

    解説

  • 59

    阮朝時代の武官。咸宜帝とともに勤王運動を主導し、フランスに抵抗した。後に、中国に亡命し反仏運動の中心となり続けた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【尊室説<Tôn Thất Thuyết>】             

    解説

  • 60

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 61

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 62

    阮朝時代の官僚。フランスとの折衝に向けて全力を尽くしたが、フランスのベトナムに対する高圧的な強要により、ベトナム南部の征服を許してしまい、その責任を負い毒を飲み自らの命を絶った。後に、祖国忠愛の士として名誉回復を成し遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘清簡<Phan Thanh Giản >】                

    解説

  • 63

    フランス人宣教師。イエスズ会に入会し、ベトナムにキリスト教が広まるように布教活動を展開した。クオックグーに繋がる文字体系をつくりあげたことで有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ロード<Alexandre de Rhodes>】               

    解説

  • 64

    阮朝初期の官僚。ベトナムの百科事典『歴朝憲章類誌』を著した人物として有名。何度か副使として中国を訪問し、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘輝注<Phan Huy Chú>】                 

    解説

  • 65

    阮朝初代皇帝。阮朝の創始者。西山軍の平定後、帝位につ即き阮朝を建てた。代々の王朝の都であったハノイからフエに都を移し、大規模な新制度を実施することで王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嘉隆帝<Gia Long>】                    

    解説

  • 66

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 67

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 68

    清の乾隆帝によるベトナム侵略。清の侵攻に対して、光中帝(阮恵)は清軍を大破するための緻密な作戦を練り、ドンダーの戦いの勝利によって、清軍を大敗させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【清の侵略】                        

    解説

  • 69

    阮朝初期の官僚・小説家。ベトナム文学作品で名高い『金雲翹』は内外に有名。ベトナムの通りの名になっている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮攸<Nguyễn Du>】                   

    解説

  • 70

    阮朝初期の官僚。ベトナムの百科事典『歴朝憲章類誌』を著した人物として有名。何度か副使として中国を訪問し、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘輝注<Phan Huy Chú>】                 

    解説

  • 71

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 72

    1964年に建立された仏教寺院。ホーチミン市内にあり、日本の曹洞宗の寺院から寄贈された「平和の鐘」がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【永厳寺<Chùa Vĩnh Nghiêm>】              

    解説

  • 73

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 74

    ベトナムの王朝(1802~1945年)。初代皇帝は嘉隆帝。阮朝は、初期に中央主権化に努め対外に積極的に展開した。後、西欧諸国に侵略され長きにわたる占領が続いた。1945年に、保大帝の退位により阮朝は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝<nhà Nguyễn>】                  

    解説

  • 75

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 76

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 77

    阮朝初期の官僚。ベトナムの百科事典『歴朝憲章類誌』を著した人物として有名。何度か副使として中国を訪問し、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘輝注<Phan Huy Chú>】                 

    解説

  • 78

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 79

    阮朝第4代皇帝。国内では各地で跋扈していた匪賊を討伐し、国外ではフランスとの交渉に苦慮した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嗣徳帝<Tự Đức>】                   

    解説

  • 80

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 81

    1.嘉隆帝⇒2.明命帝⇒3.紹治帝⇒4.嗣徳帝⇒5.育徳帝⇒6.協和帝⇒7.建福帝⇒8.咸宜帝⇒9.同慶帝⇒10.成泰帝⇒11.維新帝⇒12.啓定帝⇒13.保大帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝系図】                        

    解説

  • 82

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 83

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 84

    フランスの侵略に対する愛国運動。咸宜帝は詔を発して、各地の人民や文紳に行動を起こさせ、フランスの侵略に断然と抗議する愛国運動を展開した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【勤王運動】                        

    解説

  • 85

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 86

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 87

    阮朝第2代皇帝。儒教に通じ中国の集権化政策を参考にして皇帝の権力を強化した。キリスト教禁止や対外遠征などの強権的な政策をとった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【明命帝<Minh Mạng>】                   

    解説

  • 88

    阮朝第4代皇帝。国内では各地で跋扈していた匪賊を討伐し、国外ではフランスとの交渉に苦慮した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嗣徳帝<Tự Đức>】                   

    解説

  • 89

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 90

    ベトナム北東部のクアンニン省にある湾。ハロンとは「龍が降りる地」を意味し、その美しい風景から「海の桂林」と呼ばれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ハロン湾】                        

    解説

  • 91

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 92

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 93

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 94

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 95

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 96

    1.太宗⇒2.聖宗⇒3.仁宗⇒4.英宗⇒5.明宗⇒6.憲宗⇒7.裕宗⇒8.楊日礼⇒9.芸宗⇒10.睿宗⇒11.廃帝⇒12.順宗⇒13.少帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝系図】                        

    解説

  • 97

    1.嘉隆帝⇒2.明命帝⇒3.紹治帝⇒4.嗣徳帝⇒5.育徳帝⇒6.協和帝⇒7.建福帝⇒8.咸宜帝⇒9.同慶帝⇒10.成泰帝⇒11.維新帝⇒12.啓定帝⇒13.保大帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝系図】                        

    解説

  • 98

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 99

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 100

    黎朝初期の官僚。黎利の参謀として明との独立戦争を戦い抜き、黎朝の立役者となる。後に、黎朝において制度の整備に尽力しその功績は甚だ大きい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮廌<Nguyễn Trãi>】                 

    解説

  • 101

    1.嘉隆帝⇒2.明命帝⇒3.紹治帝⇒4.嗣徳帝⇒5.育徳帝⇒6.協和帝⇒7.建福帝⇒8.咸宜帝⇒9.同慶帝⇒10.成泰帝⇒11.維新帝⇒12.啓定帝⇒13.保大帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝系図】                        

    解説

  • 102

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 103

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 104

    フランス人宣教師。イエスズ会に入会し、ベトナムにキリスト教が広まるように布教活動を展開した。クオックグーに繋がる文字体系をつくりあげたことで有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ロード<Alexandre de Rhodes>】               

    解説

  • 105

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 106

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 107

    阮朝第4代皇帝。国内では各地で跋扈していた匪賊を討伐し、国外ではフランスとの交渉に苦慮した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嗣徳帝<Tự Đức>】                   

    解説

  • 108

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 109

    ベトナムの編年体の歴史書。阮朝、潘清簡等奉勅編。『大越史記全書』に基づきながら考証・訂正を加え、他の書にみられない注・引用が存在する。ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【欽定越史通鑑綱目】                    

    解説

  • 110

    阮朝時代の官僚。フランスとの折衝に向けて全力を尽くしたが、フランスのベトナムに対する高圧的な強要により、ベトナム南部の征服を許してしまい、その責任を負い毒を飲み自らの命を絶った。後に、祖国忠愛の士として名誉回復を成し遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘清簡<Phan Thanh Giản >】                

    解説

  • 111

    阮朝時代の武官。咸宜帝とともに勤王運動を主導し、フランスに抵抗した。後に、中国に亡命し反仏運動の中心となり続けた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【尊室説<Tôn Thất Thuyết>】             

    解説

  • 112

    1907年にハノイで建設された学校。これまでの儒教教育などの革新を目指し、西洋の学問などを積極的に導入した。後に、フランス当局によって解散を命じられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【東京義塾<Đông Kinh Nghĩa thục>】           

    解説

  • 113

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 114

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 115

    北ベトナムと南ベトナムの内戦に、アメリカやソ連の介入によって引き起こされた戦争(1960~1973年)。最新兵器の導入や戦争の長期化によって、ベトナムの国土は荒らされ文化財等もこの時に多く失われた。後に、アメリカがパリ協定を受け入れ、戦争が終結した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム戦争】                      

    解説

  • 116

    黎朝の法典。6巻12章722条(又は721条)から成る。現存するベトナム法典の中で一番古い。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝刑律<Lê Triều hình luật>】          

    解説

  • 117

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 118

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 119

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 120

    ベトナムの王朝(1428~1789年)。初代皇帝は黎利(太祖)。黎朝は、莫氏による簒奪を境に前期と後期に分けられる。『黎朝刑律』や科挙の諸整備を整え安定した長期王朝を維持できた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝<nhà Lê>】                     

    解説

  • 121

    多様なジャンルが収集された書物。1483年に黎朝の黎聖宗が申仁忠らに編纂を命じて成ったとされ、現在断片的に伝わっている。当時の社会等を知るうえで大変貴重な資料。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【天南余暇集<Thiên Nam dư hạ tập>】           

    解説

  • 122

    1964年に建立された仏教寺院。ホーチミン市内にあり、日本の曹洞宗の寺院から寄贈された「平和の鐘」がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【永厳寺<Chùa Vĩnh Nghiêm>】              

    解説

  • 123

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 124

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 125

    ベトナムの民族運動指導者。フランスからの支配を脱却しようと、日本に留学生を送る東遊運動を展開した。その後、光復会を組織しベトナム独立運動を続けたが、フランス政府の拘束により軟禁されその生涯を送る。著『ベトナム亡国史』は有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘佩珠<Phan Bội Châu>】                

    解説

  • 126

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 127

    西山朝時代の官僚、文学者。清朝への外交文書の起草など、清朝に対する外交官として活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉時任】                         

    解説

  • 128

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 129

    阮朝時代の官僚、後に民族主義者。東京義塾を設立するなどの啓蒙活動を推進するも、フランス当局によって流刑された。フランスにわたり現地でベトナム人の組織化を進め、意識改革を促した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘周禎<Phan Chu Trinh>】                 

    解説

  • 130

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 131

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 132

    ベトナムの王朝(1802~1945年)。初代皇帝は嘉隆帝。阮朝は、初期に中央主権化に努め対外に積極的に展開した。後、西欧諸国に侵略され長きにわたる占領が続いた。1945年に、保大帝の退位により阮朝は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝<nhà Nguyễn>】                  

    解説

  • 133

    清の乾隆帝によるベトナム侵略。清の侵攻に対して、光中帝(阮恵)は清軍を大破するための緻密な作戦を練り、ドンダーの戦いの勝利によって、清軍を大敗させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【清の侵略】                        

    解説

  • 134

    黎朝時代の官僚。著書『大越史記全書』は有名。ベトナムの歴史をまとめあげ、その生涯を遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉士連<Ngô Sĩ Liên>】                 

    解説

  • 135

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 136

    1917年に創刊された月刊雑誌。210号まで刊行され続け、クオックグーと漢字の二部で構成されており、学問研究の進展・クオックグーの普及に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【南風<Nam Phong>】                     

    解説

  • 137

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 138

    阮朝時代の官僚、後に民族主義者。東京義塾を設立するなどの啓蒙活動を推進するも、フランス当局によって流刑された。フランスにわたり現地でベトナム人の組織化を進め、意識改革を促した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘周禎<Phan Chu Trinh>】                 

    解説

  • 139

    フランスの侵略に対する愛国運動。咸宜帝は詔を発して、各地の人民や文紳に行動を起こさせ、フランスの侵略に断然と抗議する愛国運動を展開した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【勤王運動】                        

    解説

  • 140

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 141

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 142

    1.太宗⇒2.聖宗⇒3.仁宗⇒4.英宗⇒5.明宗⇒6.憲宗⇒7.裕宗⇒8.楊日礼⇒9.芸宗⇒10.睿宗⇒11.廃帝⇒12.順宗⇒13.少帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝系図】                        

    解説

  • 143

    陳朝初代皇帝。陳朝の創始者。諸制度を抜本的に改変し、王朝の基盤を整えた。南宋と本格的に通じることで、南宋から安南国王の封を受けた。蒙古の台頭により一時期侵略されるが、その後蒙古を追い払い、両国の関係を改善させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳太宗】                         

    解説

  • 144

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 145

    ベトナム北東部のクアンニン省にある湾。ハロンとは「龍が降りる地」を意味し、その美しい風景から「海の桂林」と呼ばれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ハロン湾】                        

    解説

  • 146

    北ベトナムと南ベトナムの内戦に、アメリカやソ連の介入によって引き起こされた戦争(1960~1973年)。最新兵器の導入や戦争の長期化によって、ベトナムの国土は荒らされ文化財等もこの時に多く失われた。後に、アメリカがパリ協定を受け入れ、戦争が終結した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム戦争】                      

    解説

  • 147

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 148

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 149

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 150

    1964年に建立された仏教寺院。ホーチミン市内にあり、日本の曹洞宗の寺院から寄贈された「平和の鐘」がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【永厳寺<Chùa Vĩnh Nghiêm>】              

    解説

  • 151

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 152

    黎朝初期の官僚。黎利の参謀として明との独立戦争を戦い抜き、黎朝の立役者となる。後に、黎朝において制度の整備に尽力しその功績は甚だ大きい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮廌<Nguyễn Trãi>】                 

    解説

  • 153

    ベトナムの民族運動指導者。フランスからの支配を脱却しようと、日本に留学生を送る東遊運動を展開した。その後、光復会を組織しベトナム独立運動を続けたが、フランス政府の拘束により軟禁されその生涯を送る。著『ベトナム亡国史』は有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘佩珠<Phan Bội Châu>】                

    解説

  • 154

    1907年にハノイで建設された学校。これまでの儒教教育などの革新を目指し、西洋の学問などを積極的に導入した。後に、フランス当局によって解散を命じられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【東京義塾<Đông Kinh Nghĩa thục>】           

    解説

  • 155

    阮朝初期の官僚。ベトナムの百科事典『歴朝憲章類誌』を著した人物として有名。何度か副使として中国を訪問し、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘輝注<Phan Huy Chú>】                 

    解説

  • 156

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 157

    黎朝時代の官僚。著書『大越史記全書』は有名。ベトナムの歴史をまとめあげ、その生涯を遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉士連<Ngô Sĩ Liên>】                 

    解説

  • 158

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 159

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 160

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 161

    1917年に創刊された月刊雑誌。210号まで刊行され続け、クオックグーと漢字の二部で構成されており、学問研究の進展・クオックグーの普及に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【南風<Nam Phong>】                     

    解説

  • 162

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 163

    ベトナムの民族運動指導者。フランスからの支配を脱却しようと、日本に留学生を送る東遊運動を展開した。その後、光復会を組織しベトナム独立運動を続けたが、フランス政府の拘束により軟禁されその生涯を送る。著『ベトナム亡国史』は有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘佩珠<Phan Bội Châu>】                

    解説

  • 164

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 165

    フランス人宣教師。イエスズ会に入会し、ベトナムにキリスト教が広まるように布教活動を展開した。クオックグーに繋がる文字体系をつくりあげたことで有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ロード<Alexandre de Rhodes>】               

    解説

  • 166

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 167

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 168

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 169

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 170

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 171

    阮朝初代皇帝。阮朝の創始者。西山軍の平定後、帝位につ即き阮朝を建てた。代々の王朝の都であったハノイからフエに都を移し、大規模な新制度を実施することで王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嘉隆帝<Gia Long>】                    

    解説

  • 172

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 173

    ベトナム北東部のクアンニン省にある湾。ハロンとは「龍が降りる地」を意味し、その美しい風景から「海の桂林」と呼ばれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ハロン湾】                        

    解説

  • 174

    黎朝(前半)第5代皇帝。対内的には均田制・軍制・科挙制等の改革を実行し、対外的にはチャンパ―等の遠征をした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎聖宗<Lê Thánh Tông>】                

    解説

  • 175

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 176

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 177

    ベトナムの類書。阮朝の潘輝注の撰。49巻。内容は多岐にわたり、人物・科目・地理・刑律・礼儀等の各誌に分かれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【歴朝憲章類誌<Lich triều hiến chương loại chí>】 

    解説

  • 178

    阮朝初期の官僚・小説家。ベトナム文学作品で名高い『金雲翹』は内外に有名。ベトナムの通りの名になっている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮攸<Nguyễn Du>】                   

    解説

  • 179

    阮朝第8代皇帝。フランスの侵略に対してフエで蜂起を断行し、山野に潜みゲリラ活動を展開した。後に、フランスによって逮捕され、アルジェリアに流刑された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【咸宜帝<Hàm Nghi>】                   

    解説

  • 180

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 181

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 182

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 183

    李朝時代の武将。ベトナムに侵攻してきた宋軍を破り、その名声を轟かせた。逝去後、各地に廟が建立されるなど、その勇姿が後世まで語り継がれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李常傑<Lý Thường Kiệt>】              

    解説

  • 184

    孔子を中心として儒者の霊を祀った所。ベトナムでは、1070年にハノイに創建されたのが初めて。廟内には、科挙合格者の名前が刻まれている亀の石像が並べられている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【文廟<Văn Miếu>】                   

    解説

  • 185

    黎朝の法典。6巻12章722条(又は721条)から成る。現存するベトナム法典の中で一番古い。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝刑律<Lê Triều hình luật>】          

    解説

  • 186

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 187

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 188

    西山朝時代の官僚、文学者。清朝への外交文書の起草など、清朝に対する外交官として活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉時任】                         

    解説

  • 189

    阮朝第8代皇帝。フランスの侵略に対してフエで蜂起を断行し、山野に潜みゲリラ活動を展開した。後に、フランスによって逮捕され、アルジェリアに流刑された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【咸宜帝<Hàm Nghi>】                   

    解説

  • 190

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 191

    黎朝初期の官僚。黎利の参謀として明との独立戦争を戦い抜き、黎朝の立役者となる。後に、黎朝において制度の整備に尽力しその功績は甚だ大きい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮廌<Nguyễn Trãi>】                 

    解説

  • 192

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 193

    ベトナムの王朝(1225~1400年)。初代皇帝は陳太宗。陳朝は、内には制度の諸改革、外にはチャンパ―遠征など積極的に展開した。元軍の脅威に晒され首都を奪われた後に、バクダン江の勝利により元軍を破る。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝<nhà Trần>】                   

    解説

  • 194

    阮朝時代の武官。咸宜帝とともに勤王運動を主導し、フランスに抵抗した。後に、中国に亡命し反仏運動の中心となり続けた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【尊室説<Tôn Thất Thuyết>】             

    解説

  • 195

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 196

    阮朝第4代皇帝。国内では各地で跋扈していた匪賊を討伐し、国外ではフランスとの交渉に苦慮した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嗣徳帝<Tự Đức>】                   

    解説

  • 197

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 198

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 199

    阮朝第2代皇帝。儒教に通じ中国の集権化政策を参考にして皇帝の権力を強化した。キリスト教禁止や対外遠征などの強権的な政策をとった。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【明命帝<Minh Mạng>】                   

    解説

  • 200

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 201

    1.光中帝⇒2.景盛帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【西山朝系図】                       

    解説

  • 202

    清の乾隆帝によるベトナム侵略。清の侵攻に対して、光中帝(阮恵)は清軍を大破するための緻密な作戦を練り、ドンダーの戦いの勝利によって、清軍を大敗させた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【清の侵略】                        

    解説

  • 203

    阮朝時代の官僚。フランスとの折衝に向けて全力を尽くしたが、フランスのベトナムに対する高圧的な強要により、ベトナム南部の征服を許してしまい、その責任を負い毒を飲み自らの命を絶った。後に、祖国忠愛の士として名誉回復を成し遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘清簡<Phan Thanh Giản >】                

    解説

  • 204

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 205

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 206

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 207

    1.太祖⇒2.太宗⇒3.聖宗⇒4.仁宗⇒5.神宗⇒6.英宗⇒7.高宗⇒8.恵宗⇒9.昭皇

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝系図】                        

    解説

  • 208

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 209

    李朝時代の武将。ベトナムに侵攻してきた宋軍を破り、その名声を轟かせた。逝去後、各地に廟が建立されるなど、その勇姿が後世まで語り継がれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李常傑<Lý Thường Kiệt>】              

    解説

  • 210

    1.嘉隆帝⇒2.明命帝⇒3.紹治帝⇒4.嗣徳帝⇒5.育徳帝⇒6.協和帝⇒7.建福帝⇒8.咸宜帝⇒9.同慶帝⇒10.成泰帝⇒11.維新帝⇒12.啓定帝⇒13.保大帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝系図】                        

    解説

  • 211

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 212

    李朝時代の武将。ベトナムに侵攻してきた宋軍を破り、その名声を轟かせた。逝去後、各地に廟が建立されるなど、その勇姿が後世まで語り継がれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李常傑<Lý Thường Kiệt>】              

    解説

  • 213

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 214

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 215

    ベトナムの王朝(1428~1789年)。初代皇帝は黎利(太祖)。黎朝は、莫氏による簒奪を境に前期と後期に分けられる。『黎朝刑律』や科挙の諸整備を整え安定した長期王朝を維持できた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝<nhà Lê>】                     

    解説

  • 216

    ベトナム北東部のクアンニン省にある湾。ハロンとは「龍が降りる地」を意味し、その美しい風景から「海の桂林」と呼ばれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ハロン湾】                        

    解説

  • 217

    ベトナムの王朝(1802~1945年)。初代皇帝は嘉隆帝。阮朝は、初期に中央主権化に努め対外に積極的に展開した。後、西欧諸国に侵略され長きにわたる占領が続いた。1945年に、保大帝の退位により阮朝は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝<nhà Nguyễn>】                  

    解説

  • 218

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 219

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 220

    ベトナムの王朝(1802~1945年)。初代皇帝は嘉隆帝。阮朝は、初期に中央主権化に努め対外に積極的に展開した。後、西欧諸国に侵略され長きにわたる占領が続いた。1945年に、保大帝の退位により阮朝は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝<nhà Nguyễn>】                  

    解説

  • 221

    呉朝⇒丁朝⇒前黎朝⇒李朝⇒陳朝⇒胡朝⇒黎朝(前半)⇒莫朝⇒黎朝(後半)⇒阮朝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム歴代王朝】                    

    解説

  • 222

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 223

    北ベトナムと南ベトナムの内戦に、アメリカやソ連の介入によって引き起こされた戦争(1960~1973年)。最新兵器の導入や戦争の長期化によって、ベトナムの国土は荒らされ文化財等もこの時に多く失われた。後に、アメリカがパリ協定を受け入れ、戦争が終結した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ベトナム戦争】                      

    解説

  • 224

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 225

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 226

    1917年に創刊された月刊雑誌。210号まで刊行され続け、クオックグーと漢字の二部で構成されており、学問研究の進展・クオックグーの普及に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【南風<Nam Phong>】                     

    解説

  • 227

    黎朝の法典。6巻12章722条(又は721条)から成る。現存するベトナム法典の中で一番古い。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝刑律<Lê Triều hình luật>】          

    解説

  • 228

    1964年に建立された仏教寺院。ホーチミン市内にあり、日本の曹洞宗の寺院から寄贈された「平和の鐘」がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【永厳寺<Chùa Vĩnh Nghiêm>】              

    解説

  • 229

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 230

    1917年に創刊された月刊雑誌。210号まで刊行され続け、クオックグーと漢字の二部で構成されており、学問研究の進展・クオックグーの普及に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【南風<Nam Phong>】                     

    解説

  • 231

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 232

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 233

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 234

    元のフビライによるベトナム侵略。勇将陳国峻の活躍により元軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【元の侵略】                        

    解説

  • 235

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 236

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 237

    李朝時代の武将。ベトナムに侵攻してきた宋軍を破り、その名声を轟かせた。逝去後、各地に廟が建立されるなど、その勇姿が後世まで語り継がれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李常傑<Lý Thường Kiệt>】              

    解説

  • 238

    ベトナム村落などにいた知識を持っている人々のこと。科挙合格者や受験者といった儒学を学んだ人々が中心となった。村落内では、一種のコミュニティを形成するなど、様々な面で活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【文紳】                          

    解説

  • 239

    フランスの侵略に対する愛国運動。咸宜帝は詔を発して、各地の人民や文紳に行動を起こさせ、フランスの侵略に断然と抗議する愛国運動を展開した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【勤王運動】                        

    解説

  • 240

    ベトナムの類書。阮朝の潘輝注の撰。49巻。内容は多岐にわたり、人物・科目・地理・刑律・礼儀等の各誌に分かれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【歴朝憲章類誌<Lich triều hiến chương loại chí>】 

    解説

  • 241

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 242

    ベトナム北東部のクアンニン省にある湾。ハロンとは「龍が降りる地」を意味し、その美しい風景から「海の桂林」と呼ばれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ハロン湾】                        

    解説

  • 243

    黎朝の法典。6巻12章722条(又は721条)から成る。現存するベトナム法典の中で一番古い。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝刑律<Lê Triều hình luật>】          

    解説

  • 244

    黎朝時代の官僚。著書『大越史記全書』は有名。ベトナムの歴史をまとめあげ、その生涯を遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉士連<Ngô Sĩ Liên>】                 

    解説

  • 245

    多様なジャンルが収集された書物。1483年に黎朝の黎聖宗が申仁忠らに編纂を命じて成ったとされ、現在断片的に伝わっている。当時の社会等を知るうえで大変貴重な資料。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【天南余暇集<Thiên Nam dư hạ tập>】           

    解説

  • 246

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 247

    阮朝時代の官僚。フランスとの折衝に向けて全力を尽くしたが、フランスのベトナムに対する高圧的な強要により、ベトナム南部の征服を許してしまい、その責任を負い毒を飲み自らの命を絶った。後に、祖国忠愛の士として名誉回復を成し遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘清簡<Phan Thanh Giản >】                

    解説

  • 248

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 249

    1.太宗⇒2.聖宗⇒3.仁宗⇒4.英宗⇒5.明宗⇒6.憲宗⇒7.裕宗⇒8.楊日礼⇒9.芸宗⇒10.睿宗⇒11.廃帝⇒12.順宗⇒13.少帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝系図】                        

    解説

  • 250

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 251

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 252

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 253

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 254

    1964年に建立された仏教寺院。ホーチミン市内にあり、日本の曹洞宗の寺院から寄贈された「平和の鐘」がある。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【永厳寺<Chùa Vĩnh Nghiêm>】              

    解説

  • 255

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 256

    フランス人宣教師。イエスズ会に入会し、ベトナムにキリスト教が広まるように布教活動を展開した。クオックグーに繋がる文字体系をつくりあげたことで有名。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ロード<Alexandre de Rhodes>】               

    解説

  • 257

    1.太宗⇒2.聖宗⇒3.仁宗⇒4.英宗⇒5.明宗⇒6.憲宗⇒7.裕宗⇒8.楊日礼⇒9.芸宗⇒10.睿宗⇒11.廃帝⇒12.順宗⇒13.少帝

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陳朝系図】                        

    解説

  • 258

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 259

    阮朝第8代皇帝。フランスの侵略に対してフエで蜂起を断行し、山野に潜みゲリラ活動を展開した。後に、フランスによって逮捕され、アルジェリアに流刑された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【咸宜帝<Hàm Nghi>】                   

    解説

  • 260

    ベトナムの編年体の正史。呉士連が編纂に携わり、ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【大越史記全書<Đại Việt sử ký toàn thư>】     

    解説

  • 261

    黎朝(前半)初代皇帝。黎朝(前半)の創始者。明の支配下の中で、ベトナム独立のために奮戦し、明軍を撃退した。皇帝即位後、国内の法整備を改革し、王朝の基盤を整えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎太祖】                         

    解説

  • 262

    孔子を中心として儒者の霊を祀った所。ベトナムでは、1070年にハノイに創建されたのが初めて。廟内には、科挙合格者の名前が刻まれている亀の石像が並べられている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【文廟<Văn Miếu>】                   

    解説

  • 263

    黎朝時代の官僚。著書『大越史記全書』は有名。ベトナムの歴史をまとめあげ、その生涯を遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉士連<Ngô Sĩ Liên>】                 

    解説

  • 264

    ベトナムの文学作品。阮朝の阮延炤の作。チューノム文学の代表作品の一つ。恩と仇による勧善懲悪的な物語が特徴。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【陸雲仙<Lục Vân Tiên>】                 

    解説

  • 265

    ベトナム革命の指導者。ベトナム人民軍を創設し、ベトナム独立のために多大なる貢献を果たした。後に、党内の権力闘争により身を退くが、ドイモイ後には名誉復活を成し遂げた。「赤いナポレオン」などの多様な異名を持つ。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ヴォー・グエン・ザップ<Võ Nguyên Giáp>】       

    解説

  • 266

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 267

    ベトナム民族衣装。西洋化の進展とともに、従来の伝統的なデザインに意匠が凝らされ、現在のスタイルが成り立った。一般的に女性用が普及しているが、男性用も存在する。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【アオザイ<áo dài>】                  

    解説

  • 268

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 269

    李朝時代の武将。ベトナムに侵攻してきた宋軍を破り、その名声を轟かせた。逝去後、各地に廟が建立されるなど、その勇姿が後世まで語り継がれている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李常傑<Lý Thường Kiệt>】              

    解説

  • 270

    明の永楽帝によるベトナム侵略。一時的にベトナムは明に支配され同化政策を強要された。その後、黎利の活躍を筆頭に明軍を破り、黎朝を建国した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【明の侵略】                        

    解説

  • 271

    孔子を中心として儒者の霊を祀った所。ベトナムでは、1070年にハノイに創建されたのが初めて。廟内には、科挙合格者の名前が刻まれている亀の石像が並べられている。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【文廟<Văn Miếu>】                   

    解説

  • 272

    1907年にハノイで建設された学校。これまでの儒教教育などの革新を目指し、西洋の学問などを積極的に導入した。後に、フランス当局によって解散を命じられた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【東京義塾<Đông Kinh Nghĩa thục>】           

    解説

  • 273

    李朝初代皇帝。李朝の創始者。幼少期から寺で学問を学び、仏教を信仰していた。そのため、仏寺の建立を盛んにし、僧侶を重きに用い、仏教を保護した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李太祖】                         

    解説

  • 274

    ベトナム村落などにいた知識を持っている人々のこと。科挙合格者や受験者といった儒学を学んだ人々が中心となった。村落内では、一種のコミュニティを形成するなど、様々な面で活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【文紳】                          

    解説

  • 275

    1904年にベトナム独立のために潘佩珠によって組織された。東遊運動を推し進め、数多くの青年を日本へ送り出し、後に光復会に組織を改めた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【維新会<Duy Tân Hội>】                 

    解説

  • 276

    ベトナムの王朝(1802~1945年)。初代皇帝は嘉隆帝。阮朝は、初期に中央主権化に努め対外に積極的に展開した。後、西欧諸国に侵略され長きにわたる占領が続いた。1945年に、保大帝の退位により阮朝は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝<nhà Nguyễn>】                  

    解説

  • 277

    陳朝時代の官僚。科挙に首席合格(状元)を果たし、陳朝皇帝三代にわたって仕えた。中国への国使をつとめるなど、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【莫挺之】                         

    解説

  • 278

    1049年に創建された仏教寺院。一本の柱が水に囲まれており、ホーチミン廟の近くにある。一本の柱で立っていることから一柱寺と呼ばれている。フランス軍に爆撃されるも、後に再建された。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【一柱寺<chùa Một Cột>】               

    解説

  • 279

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 280

    黎朝(前半)第5代皇帝。対内的には均田制・軍制・科挙制等の改革を実行し、対外的にはチャンパ―等の遠征をした。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎聖宗<Lê Thánh Tông>】                

    解説

  • 281

    黎朝初期の官僚。黎利の参謀として明との独立戦争を戦い抜き、黎朝の立役者となる。後に、黎朝において制度の整備に尽力しその功績は甚だ大きい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮廌<Nguyễn Trãi>】                 

    解説

  • 282

    呉朝の建国者。白藤江の戦いにて南漢軍を破り、古螺を都として、王位についた。呉権の死後、呉朝は急激に統率力を失い、群雄割拠時代が訪れた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉権<Ngô Quyền>】                   

    解説

  • 283

    第一次インドシナ戦争末期のベトナムとフランスの戦い。1954年5月7日にベトナム軍の総攻撃により、全要塞を陥落させ、戦いは終結の方向へ進んだ。ジュネーヴ協定成立などに多大な影響を与えた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【ディエンビエンフーの戦い<Điện Biên Phủ>】      

    解説

  • 284

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 285

    ベトナムの王朝(1009年~1225年)。初代皇帝は李公蘊(太祖)。李朝は、ベトナムの初の長期政権であり首都をハノイに置く。中央主権体制を敷き、科挙を実施するなど中国を模範としつつ国家の礎を築いた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【李朝<nhà Lý>】                    

    解説

  • 286

    阮朝第4代皇帝。国内では各地で跋扈していた匪賊を討伐し、国外ではフランスとの交渉に苦慮した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嗣徳帝<Tự Đức>】                   

    解説

  • 287

    阮朝初期の官僚。ベトナムの百科事典『歴朝憲章類誌』を著した人物として有名。何度か副使として中国を訪問し、両国の関係に寄与した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘輝注<Phan Huy Chú>】                 

    解説

  • 288

    西山朝時代の官僚、文学者。清朝への外交文書の起草など、清朝に対する外交官として活躍した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉時任】                         

    解説

  • 289

    阮朝時代の官僚。フランスとの折衝に向けて全力を尽くしたが、フランスのベトナムに対する高圧的な強要により、ベトナム南部の征服を許してしまい、その責任を負い毒を飲み自らの命を絶った。後に、祖国忠愛の士として名誉回復を成し遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【潘清簡<Phan Thanh Giản >】                

    解説

  • 290

    ベトナムの王朝(1802~1945年)。初代皇帝は嘉隆帝。阮朝は、初期に中央主権化に努め対外に積極的に展開した。後、西欧諸国に侵略され長きにわたる占領が続いた。1945年に、保大帝の退位により阮朝は滅亡した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮朝<nhà Nguyễn>】                  

    解説

  • 291

    日本の鎖国が完成するまでに朱印船によって海外との間で行われた貿易。鎖国完成までのおそよ30年間の渡航先は、ベトナムが三分の一以上を占め、朱印船貿易の興隆により日本町の形成を促した。後に、鎖国体制確立によりベトナムとの交易は途絶した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【朱印船貿易】                       

    解説

  • 292

    宋の宰相王安石の建議によるベトナム侵略(1075~1076年)。勇将李常傑の活躍により宋軍を撃破した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【宋の侵略】                        

    解説

  • 293

    阮朝第4代皇帝。国内では各地で跋扈していた匪賊を討伐し、国外ではフランスとの交渉に苦慮した。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【嗣徳帝<Tự Đức>】                   

    解説

  • 294

    ベトナムの編年体の歴史書。阮朝、潘清簡等奉勅編。『大越史記全書』に基づきながら考証・訂正を加え、他の書にみられない注・引用が存在する。ベトナムの通史を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【欽定越史通鑑綱目】                    

    解説

  • 295

    ベトナムの地理書。阮朝、官撰の地誌。ベトナムの北部・南部の全域をカバーする豊富な情報が記載されており、当時の地理を知るうえで必要不可欠。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【同慶地輿誌】                       

    解説

  • 296

    黎朝初期の官僚。黎利の参謀として明との独立戦争を戦い抜き、黎朝の立役者となる。後に、黎朝において制度の整備に尽力しその功績は甚だ大きい。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【阮廌<Nguyễn Trãi>】                 

    解説

  • 297

    ベトナムの王朝(1428~1789年)。初代皇帝は黎利(太祖)。黎朝は、莫氏による簒奪を境に前期と後期に分けられる。『黎朝刑律』や科挙の諸整備を整え安定した長期王朝を維持できた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【黎朝<nhà Lê>】                     

    解説

  • 298

    阮朝嘉隆帝の直系子孫。維新会、光復会の盟主。潘佩珠らと協力して東遊運動を積極的に推し進めた。後に、日本政府による東遊運動の弾圧により、国外退去を言い渡されたが、再度日本に戻り生涯を送った。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【クオンデ候<Cường Để>】                

    解説

  • 299

    黎朝時代の官僚。著書『大越史記全書』は有名。ベトナムの歴史をまとめあげ、その生涯を遂げた。

    補足(例文と訳など)

    答え

    • 【呉士連<Ngô Sĩ Liên>】                 

    解説

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